積水ハウスは今期と来期、減益予想を発表した。この低迷の理由は、色々なことが複合していると思われる。とくに、本業といわれる工場生産材で建築される注文戸建、アパート、分譲住宅の低迷が続いている。営業力、商品力から、負けるわけがないのに低迷している。低迷の理由には外的要因、少子化による住宅着工減、サラリーマンの賃金がここ数年上がらない、などが考えられるが、過去このような状況は社員の創意工夫で克服してきたはずだ。
内的要因はないだろうか。4年前、奥井会長は大和ハウスに追い越されることが明らかになった時点で経営責任をとり、会長職を辞したように察する。その胸中には、自分の身を切ることによって和田社長も引責辞任することを期待し、あえて新体制にゆだねる思惑があったのではないだろうか。
しかし和田体制は残存し、逆に重しの無くなった分、和田色の強い役員人事となった。権威主義が跋扈する風潮、中央集権的な上意下達のやり方になってきたのはこの頃だった。創業当時、田鍋が作り上げた自由闊達な風土で育った多くの社員は、この変化に違和感を覚えるも、和田の取り巻きの幹部には社内の不平不満を吸収する能力もなく、「物言えば唇寒し」で、会社全体が物言わない事なかれ主義に陥っていったのではないだろうか。この風潮が社内の雰囲気を沈滞させ、積水ハウスの活力を徐々に奪っていき、現在まで、ボデイブローのように効いてきているようだ。
積水ハウスの40代、50代の社員(殆どの社員が管理職)は田鍋の経営哲学の中で育ってきている。田鍋は幹部に「部下に威張るな」「社員一人一人が社長になったつもりで働いて欲しい」「業務上組織は必要だが、それに属していても、人間として上も下もない。したがって、出来るだけ権限を下部に委譲し、若い社員に大事な仕事を任せる。これによって会社への帰属意識が生まれる」と口を酸っぱくして言った。
積水ハウスには労働組合もない。労使の対立もない。労も使も運命協同体の仲間である。人事も公平で「人を大切にする」「経営は人なり」の経営方針だった。田鍋が生きていたら、現在の状況をどう思うだろうか。そろそろ心ある社員のなかに、自分達の会社を守るため、「会社をもっと良くしよう」 と大きなうねりとなり、動き出して欲しいと期待するのだが・・・。
野口孫子 (敬称略)
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