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黒木透・再生への道(3)

[企業、人 再生シリーズ]

<人生を変える出会い>

 黒木は訓練校を卒業した後、修行でお世話になった親方のもとに、1年間の丁稚奉公に行くこととなった。たった1年間ではあるが、後輩の育成などを経験することとなる。普通ならば高校2年生、17歳の少年が自立する第一歩をここで刻んだのだ。高度経済成長に支えられて世は建築ブーム。一国一城の主を目指してシャカリキに働くサラリーマンたちの夢のマイホームをつくり続けていたのである。

 年少者ながらも黒木は建築の現場を学び、その技を身につけていった。後進を育成することで自分の理解も深まっていく。そして1年が過ぎ、大工の職人として自立することとなる。
 国の経済成長に合わせるように、黒木の懐具合も向上していく。仕事は途切れることがない。黒木はこう語った。
「楽しくないことがなかった。仕事をして遊ぶ。ドライブで宮崎や福岡まで行ったりしていた。仕事が終わると徹夜で遊び、寝ずに仕事をすることも1度や2度ではなかった」

 当時の若者の社交場であるダンスホールにもよく顔を出していたという。福岡市の中洲、城山ホテルにあるスターダストにも通い、ダンスの腕前を披露していた。そのころから、黒木の目には、福岡はひとつの都のように見えていた。「いつかこの地で」。ぼんやりとだが、黒木は福岡に憧れを抱くようになっていたのだ。

 宮崎で大工として腕をふるっていたころに、黒木の人生を変える大きな出会いがあった。
 日本電建株式会社の営業マンとの出会いである。急成長する日本に生まれた富裕層を対象とした、不動産を用いた資産活用の提案を知ったのだ。当時の資産家への所得税率は7割にものぼり、稼いでも稼いでも税金として取られてしまう。それを打ち破る策として、アパートやマンションを建築し、有利に資産を形成するというものだ。黒木は確信に似た感情を覚えたという。
 「これはいける」
 漠然とではあったが、成功のイメージがわいた。実際に黒木は借り入れをし、私財を投じてこのシステムでアパートを一棟つくった。予想していた数字と同じ運用益が出る。成功のイメージは確信へと変わった。

(つづく)

【柳 茂嘉】


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