東日本大震災は日本経済への大きな打撃を与えた。製造業を中心産業としてきた日本にとって、脱原発による電力制約は産業構造の転換を促す。今回、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授の野口悠紀雄氏に、日本経済論の分野における第一人者として、現在のエネルギーをめぐる議論と産業構造の関わりについて大局的な見方を語っていただいた。
<電力不足で忘れられている環境問題>
震災後、日本の貿易収支は赤字から回復し6月、7月は黒字でしたが、8月の貿易収支は7,772億円の大幅赤字でした。原因は、自動車の輸出が減少し、鉱物性燃料の輸入が増えていることです。とくに、脱原発による火力発電へのシフト、そのことに起因するLNG(液化天然ガス)の輸入増加率に着目する必要があります。
円高は悪いことだけではありません。LNG輸入に関していえば、2011年8月の円ドルレートは1ドル=76.59円ですが、10年8月には1ドル=84.16円でした。昨年の為替水準であれば、日本の貿易赤字は9,286億円になっていたでしょう。その意味で円高は、発電燃料の輸入額高騰を抑えて電力コストの高騰を防ぎ、復興に大きく貢献しているのです。
しかし、脱原発は発電コストを高め、経済活動に大きな影響を与えるでしょう。また、火力シフトでCO2排出量も増えるはずです。日本は、97年12月の京都議定書、08年の洞爺湖サミット、09年9月の国連気候変動首脳会合などで温室効果ガス削減を国際公約しました。10年に現在のエネルギー基本計画がつくられたとき、これは重要な政策目標でした。
震災後の電力不足のなかで、この問題は忘れ去られてしまったようです。火力シフトによる環境問題は、重要な点としては論じられていません。では、環境面から見ても有効とされる再生可能エネルギーでまかなえるかといえば、原発に代替するほどの発電量を実現できるとは、到底思えません。
原発の安全神話が崩れた、という議論がなされていますが、もし30年度の原子力発電量を05年度の59%にまで減らすことができれば、すでに老朽化しているかなりの原発施設を廃炉にできます。そうすれば、おのずと原発の安全性も高まるでしょう。
脱原発の議論で、原子力発電の総量しか議論しないのは粗すぎです。なぜなら、原発の安全性は建設後の年数と深く関わっているからです。事故を起こした福島第1原発は古かったのに対して、事故がなかった福島第2原発や女川原発は新しい施設でした。建設年次と事故とは無関係でないことが、この事実からも分かります。
(つづく)
| (中) ≫
<プロフィール>
野口 悠紀雄(のぐち ゆきお)
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2011年4月より早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著『大震災からの出発~ビジネスモデルの大転換は可能か』(東洋経済新報社、2011年7月)、『大震災後の日本経済~100年に1度のターニングポイント』(ダイヤモンド社、2011年5月)など、ほか著書多数。
※記事へのご意見はこちら