戦後最年少となる36歳で市長に就任した、髙島宗一郎福岡市長。人口約148万人の福岡市の成長戦略として「アジアのリーダー都市」を掲げている若きリーダーに、就任1年目を振り返り、そして2年目となる2012年における福岡市政の展望をうかがった。
―2012年は、福岡市のマネジメントにおいて、どのようなことをしようと思われていますか。
髙島 1年目は、どのようなプレーヤーが市役所の周囲、経済界にいらっしゃるのかということを見てきました。もちろん、自分がすべてを見きれているとは思っていません。まだ歩きながらいろいろなことを学びながら、成長していきたいと思っています。
これから少子高齢化が進み、生産人口が減っていくなかで、「稼げる都市」になっていくことは絶対だと思います。これまでの事業においては、中長期と進むうちに社会の状況が変化し、アウトプットがあいまいになってしまっていなかったか。そういった意味で、1つひとつの事業がどういうアウトプットになっているか、また、費用対効果をきちんとしている予算に「GO」を出していこうと思っています。
また、2012年は市役所として行政改革のプランをしっかりと作る時期にきています。行政改革でムダをきっちり省いていかなければ、新たな投資も市民の皆さまにはなかなかご理解いただけないと思っています。
―市営住宅の建て替えは待ったなしですが、資金調達から管理まで民間に任せて効率よくやるのは時代の流れと言えます。建設業の方々からは、「福岡市や住宅供給公社が借金をしているのに、仕事をもらうだけなのは申し訳ない。自分たちの方からコスト削減ができる提案をしていこう」という声があがっています。
髙島 話に出ている大型施設では、拠点体育館や市民会館、そのうちサンパレスの話も出てくるでしょう。それに市営住宅など、老朽化して建て替えなければならない施設が山積しています。今まで建て替えを先延ばしにしていたものもありますが、やはり必要なものは必要であって、きちんとプランを立てて構想を市民の皆さまにお示ししなければいけません。このような状況では、民間の皆さんの知恵と活力を借りながら行なうことが大事になってくると思います。
また、民間の皆さんに仕事をつくっていくのもすごく大事なことだと思いますし、同時に、民間の皆さんにしていただけることはまだまだあると思っています。
―30代という若さで市長をやられているということが、若い人たちに元気を与えているように感じます。30代、40代の経営者たちの集まりに出てみると、「同世代の市長を応援しよう」という雰囲気があります。
髙島 これからの時代、たくさんの諸先輩が築きあげてきた『守っていかなければならないもの』がある一方で、価値観が変わり、人口減が進むなかで変える必要があるものもあります。そして、変えていくにはすごいエネルギーが必要です。
もちろん、年齢に関係なく活力あふれる方もいらっしゃいますが、私が市長になったことで、同世代の方に「自分たちが時代の主役になる」という自覚を持っていただけたのならありがたいですし、一緒にやっていきたいと思います。
―1年目は、外でもご活躍されましたね。どれくらい出張されたのですか。
髙島 計算すると、出張日数は95日でした。1年目は、日本海側拠点港、国際戦略総合特区、特定都市再生緊急整備地域、ユニヴァーサルデザイン国際会議、フィギュアスケートのグランプリファイナルなど、福岡市にとって獲りたいものがたくさんありました。もちろん福岡市内での仕事も大事ですが、東京のものを福岡市に持ってくるのはすごく大事だと考えており、自分が培った経験(アナウンサー時代に培ったプレゼンテーション能力)が発揮できるということもあり、1年間頑張りました。
―国際会議が京都より多いというのは、諸先輩方がインフラを整備されたからですかね。
髙島 そうですね。そこに、会議などを持ってきて実を入れていかないといけません。
やはり、オリンピック招致で東京に負けたときから、福岡市は何となく元気がなくなったのではないかと思っています。次は、東京から福岡市がとったものを大きく打ちあげていかないと、あのとき失ったものは取り返せないのではないかと。そういった意味では、京都市も名乗りをあげていますが、フィギュアスケートのグランプリファイナルを福岡市に持ってきたい。2年目は、そういった『チャレンジする年』にしたいと思います。
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