先月(1月)28日、JR福工大前駅ビル・コミセンわじろ多目的ホールにて、「チェルノブイリハート上映会・トークショーinわじろ」が開催された。午前と午後の2回に渡って上映され、どちらも小さな子どもを連れた母親を中心に、約200名の観客が詰めかけた。
映画は、2003年に製作されたマリアン・デレオ監督の「チェルノブイリ・ハート」(約44分)と、同監督が08年に制作した「ホワイトホース」(約17分)の2本立てで上映された。
チェルノブイリ・ハートとは、チェルノブイリ原発事故による放射能の影響によって、心臓に穴が空くなどの重度の障害を持った現地の子どもたちのことを指す。ベラルーシでは、現在も健常者として生まれてくる子どもが全体の25%程度とされる。この作品では、脳が頭蓋骨に収まらない水頭症を患う幼児の姿など、ショッキングな現実が生々しく記録されている。会場では、ハンカチで涙を拭いながら画面を見つめる母親の姿も多く見られた。
また、「ホワイトホース」では、チェルノブイリ原発事故から20年が経過した06年に、事故後初めて故郷を訪れた青年の姿を追っている。爆心地から3km以内の場所に住んでいたマキシム青年は、近親者のうち10人が癌でこの世を去ったことを語り、壁にかかったままになっていた1986年のカレンダーの4月27日から先を破り捨てた。この青年は、撮影の1年後、病死したという。
日本政府は原発の寿命を原則として40年としつつも、例外的に60年までの運転を認める方針を示したり、東京電力を約10年間にわたり実質国有化し、電気料金の値上げや原発の再稼働で黒字化を目指すとする報道も見られる。
3.11まであと少しで1年が経とうとしている。我々は、この2つの映画でも描かれている、目を背けたくなるような現実を見つめ直さなければいけない。良き世界を後世に遺す義務がある。
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