<追い込まれていく日本国民>
いずれにせよ、遅かれ早かれ、ギリシャの債務不履行は避けられない。これまで何度となく、「危機は終わった」と世界はだまされてきた。しかし、ソルベンシー危機を抱える国家債務は、遅かれ早かれ破裂するのである。それは、大地震と同じで、いつ起きるかは正確にはわからない。しかし、それが起きることが確実である以上、政府当局は「ディープ・セキュリティ」の考え方に基づいて、危機が起きることを前提にした対応策を考える必要がある。
1月29日まで、ここ数年低調が続いているダボス会議が、今年もスイスで5日間にわたって行なわれていたが、今年はさらに低調を極めた。議題となったのは、イラン危機とこの欧州危機で、緊急資金オペで流動性危機に蓋をしたECBのドラギ総裁がヒーローになった一方で、ギリシャ支援に慎重な姿勢を崩さないのは、メルケル独首相。ドラギの得意満面の表情とメルケルの不満顔を、現地スイスからの写真は伝えている。
メルケルは「ユーロ圏を救うためにドイツがこれ以上の犠牲を払うことは難しい」との姿勢を明確に示し、さらに、ESMと残りのEFSF資金を統合し、総額7,500億ユーロ(約1兆ドル)規模の基金とすべきだと訴えているほかの首脳陣の提案についても、慎重な立場を崩さない。メルケルのお国のドイツ国内では、さらなる支援基金拡充に対する反対派となるキリスト教民主同盟(CDU)の議員たちがいる。
日本の野田佳彦首相は国会対応のために、今年のダボス会議出席を取りやめたが、都内から国際中継で参加し、消費税率の引き上げを含む「税と社会保障の一体改革」をやり抜くと発言した。野田首相はこのなかで、「先の国会演説でも"決められない政治"からの脱却を強く申し上げたが、先送りしない政治を実践し、同じような政治情勢に悩む世界各国のフロントランナーになりたい」と述べたのだが、消費税増税前に、現在の政権にはやるべきことがあるのではないか。
野田首相は、日本が消費税増税を先送りすることで、日本がギリシャ化を招くと懸念しているようだ。ただ私は、現在の野田政権が進めている拙速な消費税増税路線こそが、結局は日本のギリシャ化を招くのではないかと懸念している。というのは、ギリシャの債務危機を悪化させた一つの要因として、ギリシャが役人天国だったことがあげられるからだ。何とギリシャは、2010年になって初めて公式に公務員の数を数えたのだという。それによれば、勤労者の4人に1人が公務員らしいという。要するに、ギリシャは日本以上の「役人天国」。ギリシャで去年起きたデモの参加者には公務員も多かったという。
翻って日本でも、消費税増税がひたひたと一方的に進められていくなかで、役人天国の温存がしっかりと実行されている。1月30日の日経新聞では、公務員の年金が会社員の1.2倍であるということが報じられている。同記事によると、公務員には1960年まで全額公費の恩給というものがあり、この公費を今も年間1兆数千億円、本人や遺族に支払っているという。公務員は給与においても民間には準拠してないと批判されており、野田政権はこれらの問題に手をつけていない。政治主導が官僚主導になった結果、消費税増税だけを実施する腹だ。
消費増税のために民主党は、社会福祉の充実を言い始めた。財政再建と福祉拡充は、問題の方向性がまったく違う。すでに「再増税」が囁かれている。実際のところ、「公的福祉のこれ以上の充実の否定」こそ、今、私たちが求めることかもしれない。
私は、今の経済状態では消費税増税をすることには反対であるが、百歩譲ってそれをやるにしても、まずはこういう「ギリシャ化」の温床となり得る役人天国の打破が求められていくはずである。民主党は、公務員組合(自治労)を支持母体にしているので、こういう改革には着手できない。野田政権の悪質なところは、批判に対して居直ることである。国民は、野田首相の口癖である「誠心誠意」であることよりも、多少手荒くとも、自民党政権時代にはできなかった官僚制度改革を、民主党政権に対して求めていたはずである。
ところが、野田首相は重要な官僚制度改革を抜きにして、消費税増税だけを行なうことを、ダボス会議の場で国際公約として表明してしまった。このことは重大である。世界の投資家や投機家たちは、日本の国内事情についてそれほど詳しく知らず、メディア報道を通して知るだけだ。
そのメディアでは、「日本の首相が増税と財政赤字の削減を表明した」と伝える。仮に、これが実現しなかったり、反対という民意によって頓挫したりすると、投資家は「日本の政治家はやっぱり嘘つきだった」と失望することになるだろう。時には「口をつぐむ」ということも政治家の作法として必要なのだが、野田首相は英雄気取りで、国民に犠牲を強いることに耐えている自分の姿に快感でも覚えているのではないか。
日本国債は国内消化がほとんどであり、米国や欧州のように外部に依存しているわけではない。いずれ中長期的に見れば、人口動態的に見て、間違いなく危機はやってくる。だが、今は震災からの復興が第一である。
それなのに、わざわざダボス会議の場で国際的な投資家に向けて、「増税をやり抜く覚悟だ」と野田首相は表明してしまったのである。わざわざ言わなくてもいい場所で、言わなくてもいいことを言う。「巧言令色鮮し仁」とはまさにこのことだ。自ら国際投資家の標的になりに行くとは――。"不退転の決意"と言えばかっこいいのかもしれないが、その決意を聞いて笑っているのは日本の官僚機構(霞が関)であり、ユーロ圏から次なる獲物を物色している、ハゲタカのようなヘッジファンド投資家たちだろう。
このようにして、国民は追い込まれていく。
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<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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