低線量被曝の捉え方の最後は、直線モデルの上に膨らんだ曲線を描くモデルである。これは低線量であっても危険性は低くならないどころか、逆に正比例以上に危険性は増す、という考え方だ。この論法の根拠にはいくつかのバリエーションがある。バイスタンダー効果、ゲノム不安定性である。
バイスタンダー効果とは、放射線を浴びた細胞だけでなく、浴びていない周辺細胞まで染色体異常が発生するというものである。偶然居合わせた細胞(bystander。同伴者、見物人などという意)までが影響を受けるということで、この名称が与えられた。ゲノム不安定性とは被曝を乗り越えて生き残った細胞が連続的に不良品細胞を作り続けることを指す。これらの効果によって、低線量被曝の健康への影響は、高線量被曝の直線の延長よりも上に膨らんだカーブを描くとしているのである。
しきい値ありモデルの場合は、低線量被曝は健康に被害がないとする。また、ホルミシス効果などを挙げて低線量は逆に健康によい、とする説もある。しきい値なし直線モデルのようにY=NXのようなグラフで危険性を考える説もある。さらにバイスタンダー効果などで危険性を訴える説もある。いずれが正しいかは、現段階ではわかっていない。趨勢(すうせい)を言えば、ホルミシス効果はどうやら分が悪いようである。しかし完全に消えたわけではない。
問題は、政府がそれをどう捉えるかである。玄海原発から少し話しがそれるが、現在、福島原発事故の対応において政府の発表ではしきい値を挙げて、それ以下ならば問題がないと言っている。これは先に挙げた論の中で「危険性を軽視した」判断なのではなかろうか。
この政府の判断は「国民の健康が損なわれる確率論的被害」<「福島の産業保護」という立場にあると思われる。低線量被曝のしきい値について、日本政府は非常に高いハードルを設けているのは事実であるが、それでも説明不足というイメージがぬぐえない。原発由来の被曝産品ならば、賠償対象にしてしまった方がいいのではないか。産品が売れないのは原発事故のせいである。したがって産品すべてを、東電が資産すべてを売却してでも買い取れ、というのが正しいように思われるのである。
全電源喪失を想定していなかったのは明らかに東電の致命的なミスだ。今回の事故の原因が全電源喪失にあるのならば、それは東電の経営責任の範ちゅうである。津波のせいではない。津波はきっかけを与えたに過ぎない。
想定し、実行していれば全電源喪失時にも対応はとれただろう。たとえば車検に通った自動車を運転しているとき、タイヤがとれてしまって事故になったとしよう。その場合、陸運局は何かしてくれるのか。自己責任である。国が言ったからそうした、そのせいだから国が肩代わりしてくれ、という理屈は通じないのではなかろうか。
国の話を飲んだのも、実行したのも、それによって利益を挙げたのも、損失を発生させたのも経営判断である。経営判断がもとで発生したあらゆる果実は、すべて企業として受け入れねばならないのではないか。場当たり的な政府の対応ではなく、しっかりとした哲学のある政策を期待したい。
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