さて、高線量被曝、低線量被曝。そのそれぞれの特徴は多少でも伝えることができたと思う。ちなみに、高線量、低線量の境目とされているのが100ミリシーベルトだ。これを超えると右肩上がり直線グラフで被曝量ごとに命の危険が増していく。それ以下ならば確定した説はない。高線量での被曝はあったろうが、正式に急性障害が発生したとの発表はなされていない。これを信じるならば、とりあえず心からよかったと思う。一方、低線量被曝に関しては、今後10年、30年、50年と経過観察していかなくては、結論は得られないだろう。つまり、現在進行形なのである。したがって、今、何を信じて、何をすべきであるかは、一人ひとりが慎重に判断した方がよい。政府も基準値を動かすのではなく、その裏にある哲学なり、考え方なりをきちんと説明した上で個々人、各企業らに判断をさせるべきだ。
少し脱線が過ぎてしまった。高線量被曝に関しては、その発生原因によって被曝者の母数が変わるだろう。たとえば天災によって徐々に機能が失われる場合ならば、その間に放射線に対する備えを整える時間的余裕が生まれる。したがって、被曝者数は減らすことができるだろう。一方、武力攻撃やテロなどによって一気に「止める」「冷やす」「閉じ込める」機能が失われたならば、備えの時間がない分、まずは原発従業員の方々、続いて近隣地域の方々、さらに風下のエリアが高線量被曝の対象となり得、母数は膨れ上がることになる。
そこからは被曝量と確率の話しである。2シーベルトで5%の人が、4シーベルトで2人に1人が命を落とすと言われている。そしてその確率に従って被害が発生するだろう。加えて、低線量被曝も考慮せねばならない。低線量被曝による健康被害は先述のとおり明確には分かりえない。証明の方法があまりにも乏しいために、補償を受けようとしても、苦戦を強いられることになると考えられる。高線量、低線量、いずれも健康を害する可能性があることに間違いはないのだが、その数を推定することは困難なのである。
政府関係者各位や学者諸子は「放射線をあなどってはいけない。放射線を怖がりすぎてはいけない」とおっしゃる。この言葉を言いかえると、放射線は少なくとも怖がる対象である、ということになるのではないか。そして低線量被曝の健康被害は証明が難しいとなると、本稿では放射線による被害の大きさは予測できないと結論づけるより方法がなさそうだ。
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