<資本増強>
5月頃より、あるメガバンクの地区部長が、しきりに黒田会長を訪問し、資本増強を奨めていた。
これに対し、黒田会長は当初は、断っていたが、7月に入り、岩倉社長や私が意見具申を行ない、改めて資本増強の話を進めてみることにした。早速皆で手分けして、ファイル数冊分の提案資料を作成し、8月から候補先へのアプローチを始めた。
今回の金融収縮の予兆を早めにつかみ、2008年の前半に資本増強を実行した新興デベロッパーもあった。
名古屋の新興市場に上場していたエルグランドは、DKホールディングスから仙台市内の10億円の中古ビルを買う予定ですでに契約していたが、この決済の2カ月ほどの延期を求められた。決済延期要請にあたり社長が、黒田社長を訪ねて来福したが、その際、この社長は、まだ決定していないことと断りつつ、3月にはエクイティファイナンスを予定しているので、そこで調達できる資金を使って仙台の中古ビルを決済します、と明言した。
エルグランドは、ノンバンクからの融資も含め、必死で金をかき集め、不足分は、資本増強で調達した資金を投入して、実際に3月末にこのビルを決済することができた。その決済の数日前に、エルグランドから、オフィス用品販売会社からの増資を受ける、というリリースがなされた。
東証一部のマンションデベロッパーであったフェイントコーポレーションは、金融収縮が強まっていた9月にロリックスからの資本増強を受け入れた。ここも不動産ファンド向けの1棟売に傾注し、売上の過半を占めるようになっていたところに金融収縮が来たため、信用不安が発生したが、9月の増資で一息ついたかに見られた。
しかし、エルグランドは09年3月に、フェイントは5月に相次いで力尽きてしまった。リーマンショック前に資本増強を実行したグループも、ショック後の底なしの不況には耐えられず、いずれも破綻していったわけである。
一方、DKホールディングスの場合、資本増強の模索を始めたのは、リーマンショックの3カ月前ということで、一歩出遅れたといっていい。それでも、8月にはショートリストを作成し、大手不動産ファンドや大手デベロッパーにアプローチをしていった。老舗ファンドのカネディクスは相当注意深く、当社の不動産についてデューデリを行なった。しかし、10月に得た回答は、彼らの価格目線で当社の保有不動産を再評価すると、当社はすでに50億円の債務超過ということで、増資の可能性は断たれた。
岩倉社長のもとには、不動産ファンドのミケランジェロアドバイサーズもデベロッパーに投資をするという情報も入った。そこで資本増強の可能性を求めて接触してみた。が、これもうまくいかなかった。このミケランジェロも、倒産するところまではいかなかったが2010年に入り、債務超過に転落して上場基準を満たせなくなり、市場から退出していった。
要するにDKホールディングスは、資本増強で一歩出遅れ、増資相手が決まる前にリーマンショックに引っかかったわけだが、仮に資本増強を実現できていたとしても、民事再生後の不動産相場の下落幅の大きさからして、やはり不動産価格の下落を埋め合わせるにはまったく足らず、やはり倒産を強いられていたことだろう。
08年9月下旬には、リーマンショックに続いてJ-REITの1銘柄が民事再生を申請してしまった。これらのショックにより、これから不動産業に投資しようという企業は皆無となった。他にアプローチしていた大手デベロッパーのモリトモも当社より1週間遅れて民事再生を申請した。
このあたりの事実は、今振り返ってもあまりにも無残である。
後の東日本大震災では想像を絶する津波で2万人の市民が犠牲になったが、08年のリーマンショックという経済の大津波でも、不動産業界および、これが波及する建築業界などを含めると数万人が職を失い、経済的生命を失ったのではないだろうか。
<プロフィール>
石川 健一 (いしかわ けんいち)
東京出身、1967年生まれ。有名私大経済学卒。大卒後、大手スーパーに入社し、福岡の関連法人にてレジャー関連企業の立ち上げに携わる。その後、上場不動産会社に転職し、経営企画室長から管理担当常務まで務めるがリーマンショックの余波を受け民事再生に直面。倒産処理を終えた今は、前オーナー経営者が新たに設立した不動産会社で再チャレンジに取り組みつつ、原稿執筆活動を行なう。職業上の得意分野は経営計画、組織マネジメント、広報・IR、事業立ち上げ。執筆面での関心分野は、企業再生、組織マネジメント、流通・サービス業、航空・鉄道、近代戦史。
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