放射線は、高線量については確定的に、低線量については確率的に健康を害することはわかっている。そのため、たとえば放射性物質が飛散した地域の農産物、魚介類、肉類などの食品は厳密に放射線が測られ、基準値以下のモノしか流通させないことになる。食品に限らず、輸出する際には、工業品も取引先から放射線を測るよう申し出られることさえあるという。誰も放射線で健康を害したくないから、必要以上に神経質になるのであろう。
消費者心理としては理解できる。たとえば、チェルノブイリ産の農産品がスーパーで並んでいたとしたら、誰か購入するだろうか。すでに事故から20年以上が経過しているが、それでも心配にならない者はいないと考えられる。たとえ「きちんと放射線測定がなされています」と書かれていても、やはり消費者のとる態度は「君子危うきに近寄らず」というものだろう。実際の危険性以上に、危険かもしれないと思う心こそが、消費者行動に多大な影響を与えるのである。これが、いわゆる"風評被害"だ。
福島では、避難指示が出されている地域は、もちろん生産活動はできない。その部分はすべて損失になる。しかし、風評被害は避難指示区域以上に、広く影響をおよぼす。避難の必要がなく生産は可能な地域であっても、買い手がつきにくくなるのだ。これも原発事故独特のものだろう。
風評がおよぶ業種としては、農業、漁業、畜産業、観光業などは確実に、製造業、サービス業などは部分的に含まれることになろう。風評のおよぶ地域範囲としては、原発立地地域の地名がつく範囲は、少なくともすべて含まれることになるだろう。玄海原発は佐賀であるから、佐賀県産品は少なからず風評被害を受けることになると考えられる。
佐賀県の県内総生産は5兆1,700億円(2005年度。佐賀県発表)に達する。このうち1割が減少してしまったら、5,000億円の損失となる。風評がなくなるまでの期間ずっと失われ続けるのだから、たまったものではない。連結で1兆5,000億円の売上を誇る九州電力であっても、売上の3分の1にもなる補償はしきれるものではない。加えて、これは単年度のものではないことも重要だ。完全に事故前と同じ状態になるまでの期間を風評被害のおよんだ期間とするならば、数年、ひょっとすると数10年になってしまうかもしれない。1割の被害で年間5,000億円、10年間なら5兆円。一企業が負担するには、どう考えても難しい。
風評被害は、恐ろしいウイルスのように地域を汚染してしまうのである。しかもこのウイルスには、「見えにくい」という特徴がある。風評被害は確実にあっても、事故との相当因果関係は立証しにくいものなのだ。
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