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2012年エネルギーを考える(前)
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2012年12月25日 11:13

 2012年はエネルギーの選択の年だったと思う。大震災のあった2011年、価値観は大きく変化した。津波によって家が流れる映像は、百の言葉以上に心に響いた。多くの人が亡くなり、自然の脅威を改めて思い知らされた。一方で、ボランティアの方々の活躍に勇気づけられ、絆を再確認した年でもあった。2012年は、震災後の混乱から多少立ち直り、先を選ぶ年だったように感じられるのである。
 大震災によって崩れたのは、建物だけではない。原発事故の発生が日本特有の「原発神話」を崩壊させた。原子力を使う原発は潜在的に危ないものだ。この認識を国民が共有するには十分すぎる事故だった。九州管内には6基の原発があるが、そのいずれも再稼働の見込みは立っていない。これまで期間電力として使われてきた原発は、これからどうしていくべきなのか。そして、原発に変わるエネルギーを築いていくのか。ライフスタイルはどう変化するのか。その将来の選択に迫られた年だったように思える。そして、その結果、少なくとも3つの意識が国民の中で目覚めた。1つ目は先述のとおり原発への拒否感、2つ目は電力会社への不信、3つ目は再生可能エネルギーへの期待である。
 それら3つについて、私見ではあるが、将来の予測を含めて論じてみようと思う。

<核物質の隠れ蓑としての原発>
 原発は実は発電施設ではない。こう言ったら多くの方は驚くことだろう。たしかに発電を目的にしているし、実際に多くの電力を供給してきた実績がある。ただし、そのかげに隠れてひそかな目的が、少なくともかつてはあったであろうことはあまり知られていないと思う。

sora_24.jpg 原子のエネルギーが盛んに研究されたのは第二次大戦中のことだ。わが国でもニ号研究という名前で研究がおこなわれていた。要は原爆の開発である。仁科芳雄博士を中心とした理化学研究所のメンバーがシンクロトロンを用いて原子の力を研究していた。同時に、世界各国でも原爆の開発が進められた。結果、日本は製造にこぎつけることができず、世界最初の原爆被爆という苦い経験を踏むことになる。最後のダメ押しのように2つの原爆が日本を襲い、結果、敗戦することとなった。日本は、GHQによってシンクロトロンなどの研究設備の解体、研究自体の禁止がなされた。原子力に近づくなとお触れがでたのである。サンフランシスコ講和条約が結ばれ、1952年、ようやく本当の意味での独立が実現した。独立後、学究の徒たちは二つの派に分かれた。ひとつは原子力の研究を再開したいというグループ。もうひとつは原爆を目の当たりにして原子力には手を出してはいけないと思い至ったグループである。双方、侃々諤々の議論を続けたが、1954年、不意を突く形で結論がつけられた。中曽根康弘氏を中心とした若手政治家グループが原子力の研究予算をつけたのである。いわゆる「中曽根予算」だ。この思惑はいくつか考えられている。ひとつは当時最先端だった原子力の技術を持つことは先進国ということの証であるということ。もうひとつは力を持つ国になること。要は核開発への道をつけることだ。その真意は不明であるが、こうして原子力研究の目が日本に再び現れ、そして、その延長線上をたどるように2011年まで原発はつくられ続けた。この部分は吉岡斉氏著「新版原子力の社会史~その日本的展開」に詳しい。ぜひご参照いただきたい。

 原子力発電所はたしかに発電する施設であるが、同時に原爆の材料になるプルトニウムを生みだし、扱う施設でもある。原発抜きでも電力が充足していることは2012年夏、及び今冬を見ればおそらく納得がいくと思う。加えて、電力がコスト的に他に比べて圧倒的に安いわけではないことも明らかにされた。では、何のために原発を、国内に50基以上も設置したのか。そこには隠れ蓑としての原発という役割が持たされていたのではなかろうか。

 日本は高度なロケット技術を持っている。ロケットが弾道ミサイルになるということは先の北朝鮮の人工衛星打ち上げでも明白だ。衛星軌道まで正確に打ち上げることができる日本のロケットの先端に、核弾頭を搭載したら、それだけで長距離ミサイルが完成する。あるいは、その事実だけでも一定程度の核抑止力になっている可能性もある。ただ、日本は非核三原則を誇示する被爆国である。加えて、国際的にも核兵器の拡散は悪だとされている。日本は米国の核の傘におさまっておけばよい、と考える方もいらっしゃると思うが、それは生殺与奪権を他国に握られているのと同じことだ。したがって、核兵器はないが、核兵器をいつでもつくれる状態にしておくこと、これが日本の将来を描いた国士のたちの思いだったのではなかろうか。その結果が原発の増設ではなかったろうかと筆者は考えている。

 そう考えると、原発にこだわる理由が少し理解できるような気がする。今、原発を即廃炉にしてしまうと核物質を保有する大義がなくなる。すると、日本が核保有国になるきっかけは、あるいは永遠に失われてしまうかもしれない。何としてでも原発を維持し、いつでも兵器をつくれるという「リーチがかかった状態」をキープしなくてはならない。脱原発は核開発の分野での大きな後退を意味するのではなかろうか。

 このことは、すでにIAEAが釘をさしている。9月のことだ。原発が稼働しないのにプルトニウムを持つことを大いに危惧するとの声明を出したのである。
 だとすると、しばらくは脱原発が実現しないように思える。考えられる可能性はこうだ。日本の自衛隊は攻め込む能力を持たない。いわゆる武力の放棄である。自衛のための力しかない、という名目であるがゆえに、敵国領土内でしか使用しないであろう核兵器は持ち得ない。憲法の制約である。それを撤廃し、原発による核物質の保有大義に変わる大義を持ちうるためには、憲法改正と国軍の創設、核実験の実施というステップを踏まねばならないだろう。もし、そのステップを踏み始めたならば、あるいは公然と核開発ができるのだから、反語的に原発は不要になるのではないか。

 この邪推が正しいならば、日本は大国になり得るか、もしくは二流国に落ち下がるかの瀬戸際にいるのかもしれない。原発がなくては核兵器開発への夢は断たれる。そこをはっきりと明言した上で議論をしなくては真の国益をはかれないのではなかろうかと思うのだ。電力としての原子力には、私は反対の立場を採る。しかし、兵器としての核の必要性の是非は、もっと多くの議論を尽くさねばならないと思う。腹を割った議論が展開されなければ、日本の再生は成しえないのではないか。

(つづく)
【柳 茂嘉】

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