<遊び感覚を磨くことが第一!>
――最近の調査では、日本のサラリーマンのモラルは世界で28番目と言われ、とても低くなっています。社員と社長そして会社は一丸になっていません。これは会社に物語がないからとも言えますね。
岩佐 モラルは企業にヴィジョンというか社会的な物語がないと生まれてきません。特に若い世代は、かつての団塊の世代のように豊かになるために遮二無二に働くといったことはありません。経営者は企業の価値を説明しなければなりませんし、従業員は働くことの価値や認められ方、さらには社会的な意義を重要視します。CSR(企業の社会貢献)に熱心な企業に優秀な学生が行くのはそういった理由です。今の時代にふさわしい経営と従業員を結ぶ物語の開発が急がれます。
――では、具体的に経営者はどのようにして「物語力」を養っていけばよろしいですか。読者には中小企業の経営者の方もたくさんおられます。
岩佐 経営者の三道楽は「拝み屋、女優、コンサルタント」と言う有名な話があります。特に拝み屋さんとかに身を預けて、自分を放棄している人もいます。コンサルタントも本当に自分の会社のために知恵を絞ってくれるところは、意外と少ないものです。「そういった道楽にお金を使うなら、本物の美術品を一つでも買ってみてはいかがですか」とお話しすることがあります。絵画でも焼き物でもいいのです。経営者に必要なものは「ロジカル・シンキング」の延長線上にはありません。創業型のひらめきやクリエイティブィティを要求される社長には、やはり生きている人間としての遊び心が必要です。その解放区をアートに求めるのもいいのではないでしょうかと、実は本気でお勧めしている訳です。
出光興産の創業者である出光佐三氏は福岡県出身ですが、70年間の長きに渡り、仙厓という江戸時代の禅僧の絵を収集しています。"あほらしい"くらい無邪気で、楽天的なユーモアに満ちた絵です。「経営上困った時に、仙厓さんの絵に、どれほど助けられたかわからない」という回想録が残っています。苦しい時に絵と対話しながら気持ちをリセットし、勇気を奮い起こした事と思います。
同じく、福岡県出身のブリヂストンの創業者の石橋正二郎氏も絵画や彫刻を収集して美術館を東京と故郷に作りました。今で言うところのCSRです。彼の唱えた物語は「世の人々の楽しみと幸福のために」でした。明治生まれの実業家らしい国を思い、世を思う器量の大きさ、遊び心の余裕が、今日のブリヂストンのブランド価値のもとになっていると言えるのです。
私は今後の日本の企業の可能性は、遊び心や上質なデザインをどれだけ生み出せるかに、掛かっていると思います。経営者にはぜひ遊び感覚を、アートを楽しみながら身に着けて頂きたいと思います。
<プロフィール>
岩佐 倫太郎(いわさ りんたろう)
京都大学文学部(フランス文学専攻)卒業後、株式会社大広入社。広告制作、イベント、博物館・博覧会のプランナー・プロデューサーを経て、2003年独立、株式会社ものがたり創造研究所設立。ジャパンエキスポ大賞優秀賞他受賞歴多数。
「地球をセーリング」(加山雄三)他作詞、「ウィンドサーフィン・レーシング・テクニック」他翻訳、「ニュージーランド・ヨット紀行」他執筆と多才に活躍中。美術と建築のメルマガ「岩佐倫太郎ニューズレター」を4年で100号近く発行。絵の独自の見方と表現に多くのファンを持つ。近刊として「東京の名画散歩 ~絵の見方・美術館の巡り方」(舵社)。
※記事へのご意見はこちら