2024年04月20日( 土 )

中島淳一、畢生の舞台ニューヨークへ

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 ニューヨークでの個展・公演を間近に控えた芸術家・中島淳一氏。氏のルーツと公演にかける意気込みを、現地日本人向けの新聞に寄せた。いよいよ大一番を迎える中島淳一氏の心持ちを、少しでも福岡の皆さんに感じていただけるよう、ここでその一文を掲載する。


NYでの個展と一人演劇「ゴッホ」に賭ける私の情熱

中島淳一

 9歳の時、病床で炎の画家ゴッホの伝記を読む。感動し、密かに画家になる事を夢みた。

 22歳、アメリカ留学中に私のデッサンを見たケンプ教授に「君は画家だ」と言われた刹那、少年の日の夢が蘇った。その日から一日中絵を描くことに没頭した。作品はモノトーンの抽象画ばかりだった。帰国して東京と福岡を中心に個展を続ける。フランス、イタリア、スペインでの国際展にも度々出品した。マチエールはさまざまな変遷を経てより堅固になったが、作風にドラスティックな変化はなかった。

 ある日の明け方、ふと銀座のホテルの窓から朝日を見る。ビルの谷間にまるで掛け軸のように切り取られた荘厳な風景。自然の織りなす色彩とフォルムの絶妙な創造、神秘の極致。文字通り、魂を打たれる。その日から、描くべきテーマは決まった。「夜明け」である。夜明けの空こそ遠近感のある究極の抽象画なのではないか。以来、数十年さまざまな場所で夜明けを見た。日本各地を転々と巡りながら、時には海外でも。薄紫に染まるバルセロナの空、暗褐色の雲が突如として金色に輝くローマの遺跡。パリの空、朝靄のセーヌ川の彼方に天使が朱色の翼を広げる。無数の夜明けは心の中で融合し変容し新たなる夜明けとなって筆先から生まれ出た。

 その一方、33歳の時に一人演劇を始め、ゴッホを演じるようになった。するとある日、向日葵を描きたい衝動に駆られている自分におののく。背後にゴッホの存在を感じながら40号の向日葵を描き続ける。以来50点以上の向日葵を描いた。秋、ニューヨークで「花と夜明け」と題する個展を開き、会期中に一人演劇「ゴッホ」を上演する。一人でも多くの方々に観ていただきたいと願っている。


■中島淳一 一人演劇ゴッホ

<開催日>
11月7日(火)午後6時30分~午後8時

<会 場>
日本クラブ2Fローズルーム
(145 West 57th Street, 2nd FI., New York, NY10019)

<参加費>
会員:$15 一般:$20

<お申し込み&お問い合わせ>
日本クラブ
TEL:212-581-2223
E-mail:yhonda@nipponclub.org

 

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