2024年03月29日( 金 )

検察がどこまで腐り切っているのかが判明する

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 NetIB-NEWSでは、政治経済学者の植草一秀氏のブログ記事から一部を抜粋して紹介する。今回は、大相撲・元横綱日馬富士による暴行傷害事件を通じ、日本の警察・検察・司法制度とメディアのあり方について問う12月21日付の記事を紹介する。


現役横綱の日馬富士による暴行・傷害事件。殺人未遂事件とする方が適切だろう。

この問題が重要であるのは、日本相撲協会が公益法人であることと、この問題が日本の警察・検察・裁判所制度とメディアの在り方について深く関わる問題であるからだ。

ある会社で、部長が課長に暴行し、傷害を負わせたとしよう。部長は金属製の凶器を用いて課長の頭部を繰り返し殴打した。課長は前頭部に裂傷を負い、10針を縫う傷を負った。課長が所属するセクションの取締役は事件を警察に届けて、事件処理を警察の捜査に委ねることにした。

会社の社長を始めとする幹部は、取締役が警察に届けたことを非難し続けた。企業としては、企業内部の暴行傷害、殺人未遂事件を表沙汰にしたくない。被害者を呼び出して言いくるめて被害届を取り下げるように働きかけようとした。被害者の上司にあたる取締役は、社長に届ければ、社長が動き、事件を隠蔽する方向に動くことを確信して、社長には報告せずに警察の捜査に委ねることにした。

社長からすれば取締役の行動は許せないものだろう。
しかし、事案はれっきとした暴行・傷害事件、あるいは、殺人未遂事件であり、適正な処理を求めるなら、警察・検察の捜査に委ねるしかない。
警察・検察も信頼に足る存在ではないが、社内で事件を隠蔽されるよりはましである。

事件の概要は、部長が凶器を用いて一方的に暴行し、傷害を負わせたものである。暴行には重量の重い金属製の凶器を用いて、しかも、頭部を繰り返し殴打したものである。極めて悪質な犯行態様である。
犯人が逮捕、勾留されなかったことが極めて不自然である。被害者は一方的に暴行を加えられただけであり、互いに殴りあう「喧嘩」ではまったくない。

別の場で発言した「これからは俺たちの時代だ」という言葉に因縁をつけて、殺人未遂と呼ぶべき暴行を行ったもので、極めて残忍かつ陰湿なものである。担当取締役は社長に呼び出され、警察捜査が終了した段階で聴取に応じると約束したが、その意味は刑事処分が確定したら聴取に応じるという意味だったと理解される。
警察から検察に書類が送られても、刑事処分を決めるのは検察である。その前に、当人同士での折り合いがついたということになれば刑事処分に影響が出る。厳正な対応を求めた取締役は、検察の処分決定を確認したうえで聴取などに応じるとの考えを持っていたのだと思われる。

ところが、社長は「危機管理委員会」による調査を前面に押し出し、この委員会の調査に応じないのはけしからんとの大キャンペーンを展開した。

刑事事件が発生し、警察、検察が捜査を行っている最中に、企業が企業内の調査をするから事情聴取に応じよと責め立てるのも常識はずれである。常識ある企業であれば、まずは、警察、検察の捜査、判断に委ねるはずだ。企業は検察OB(ヤメ検)を危機管理委員会のトップに据えて強硬な姿勢を示し、検察もOBが存在するから、弱腰の対応を示す。

すべてが歪んでいるのだ。

※続きは12月21日のメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」第1925回「検察がどこまで腐り切っているのかが判明する」で。


▼関連リンク
・植草一秀の『知られざる真実』

 

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