2024年04月25日( 木 )

柳橋連合市場・ビル建替えまでの人間ドラマ(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 “博多の台所”といわれる「柳橋連合市場」の中央部にあった通称「高口ビル」。2017年12月に解体工事が始まり、現在はマンションの新築を待っている。記者が再開発の取材で、初めて市場を訪れたのは15年の冬。市場全体を巻き込み、紆余曲折を経て、ようやく1つの結論が出た。新たにできるのは1棟のマンションではあるが、市場関係者にとっては、いくつもの複雑な感情が交錯するものとなった。建替え計画を追ったこの2年を振り返ってみよう。

始まりは1通のFAX

 「柳橋連合市場で再開発に向けた説明会が開催される」―。その案内文が弊社に舞い込んだのは、2015年11月だった。

 柳橋連合市場といえば、今でも博多の寿司店や料亭の職人が仕入れに訪れる、100年の歴史がある市場だ。とはいえ、戦火を乗り越えた市場は老朽化が激しく、再開発の対象になっても何らおかしくはない。福岡市中心部で、これほど広大な土地はそうそう見当たらない。市場の機能を残しつつ、マンションや商業施設、ホテルと組み合わせれば、柳橋の文化を継承していくことはできるだろう。過去に何度も再開発の話は持ち上がったが、実現には至らなかった。
 そんな場所で、説明会が開催されることを知り、話を聞いてみたくなったのだ。

3,500坪の再開発計画

 説明会を主催したのは地場の不動産業者で、市街地再開発事業の紹介が行われた。福岡市の再開発事業として助成を受けながら、できる限り住民の費用負担を少なくする事例が示された。3,000坪を超える敷地内にホテルやマンションなどを建設し、住民・事業者を優先的に入居させ、残りをデベロッパーに販売するというもの。その後は勉強会を実施し、再開発への意向を汲むためのアンケート調査も行われた。

 そうしたなか、突如市場内でボーリング調査が始まった。16年4月ごろのことだ。立て看板には、「マンション工事にともなうボーリング調査中」と書かれており、発注者は(株)ジョイフルコーポレーション(所在地:東京都町田市、佐野吉裕代表)。柳橋連合市場(協)(以下、組合)や福岡南天神振興会、福岡市移動飲食業組合などが入居する通称「高口ビル」が建替えの対象だった。

 ジョイフル社が不動産を取得し、テナントとの退去交渉を進めて、解体へ。しかし、そう簡単にはいかなかった。同ビルには、組合の事務所が入居していたが、組合の総意を取らず、楠下理事長が組合事務所の転居を推し進めようとしたことで、理事会が紛糾。店舗は店主の意向で承認が得られるだろうが、柳橋連合市場(協)や福岡天神南振興会などは構成員の賛同が必要となる。時間をかけた話し合いが前提となるが、組合員の意見をまとめるべき理事長が転居を急ぐ理由は何なのか、組合員の多くは疑念を抱き始めた。またジョイフル社は住民説明会で、不動産取得を宣言するも、資金不足により決済は行われていなかった。

高口ビル 2016年5月頃

解体され、更地となった高口ビル跡地

退去を急がせるジョイフル社

 高口ビル建替えに向けて、16年4月中旬からジョイフル社による立ち退き交渉が始まった。しかし、不信感をぬぐえぬまま、個別で説明を受けても事態は進まない。高口ビルの所有権が移転していないこと、売買契約が成立しない可能性があること。また現物件所有者から「賃貸借代理および管理委託」を依頼されたという旨の契約書を提示し、ジョイフル社が立ち退き交渉する権利を主張していることも不信の種だった。個別面談では、ジョイフル社が高圧的な態度で退去を迫るなど、苦情まじりの意見も聞こえてきた。さらには個別の話し合いで退去に合意しない入居者に対し、弁護士を通じて「調停申立書」を送付するなどの手段もとられた。これら一連の対応が重なり、入居者はもちろん、市場関係者はジョイフル社への警戒心を解かなかった。

 退去を急がせる理由は何か―。関係者の取材より浮かび上がったのは、決済の期日、16年6月30日が迫っていることだった。同社の財務状況から判断して、金融機関からの資金調達余力は十分とはいえない。ジョイフル社としては、この日までに資金を調達しなければならないが、それには全室退去が欠かせない。そのため、十分な話し合いを重ねず、早急に退去させる手段として、強引な手段に出たのだろう。

組合員申立書

 

 その後、5月、6月に同(協)による臨時総会が開催された。議題は組合事務所の移転について、だ。決済日が6月30日だとされるなか、6月の臨時総会は同24日に開催された。データ・マックスは、独自に総会での録音記録を入手。内容を検証する過程で、楠下理事長が、ジョイフル社に肩入れしている様子が明らかとなった。

 総会のなかで楠下理事長は、組合員に対し声を張り上げ、「(データ・マックスに)情報を流しているのは誰か」と犯人捜しを開始。「地場の金融機関はこの記事を理由に、ジョイフル社への融資を断った。これは1つの『妨害』だ」と発言し、総会参加者を威圧していた。

 これに対し、組合員は極めて冷静に応戦。「妨害にはなっていない。ジョイフル社のビジネス上の問題であり、組合員が心配することではない。嘘は書かれていない。事実をそのまま書いてある。ジョイフル社にとっては妨害かもしれないが、組合にとっては妨害じゃない。理事長はどちらの味方なのか」―不動産の所有権がジョイフル社へ変更されないまま、事務所移転の採決を取っても意味がないという組合員の主張は変わらなかった。

 組合員は「決済期日の6月30日まで待とう。それから採決をとっても遅くはない」と同会を締めた。

決済され、所有権が移転

封鎖された生活路

 7月初め、高口ビル所有者の変更が確認された。6月30日、売買の決済が行われたのだ。ジョイフル社と(株)D・R・M(所在地:東京都港区、住谷英一代表)の2法人。ジョイフル社が持分10分の4、D・R・Mが持分10分の6となっている。さらにジョイフル社持分には権利者D・R・Mの根抵当権設定の仮登記がなされており、実質D・R・Mが所有者であった。

 所有者となったジョイフル社は、入居テナントへの退去勧告をさらに進めた。退去に合意しないテナントに対して、ジョイフル社は調停を申し立てたが、話し合いは平行線をたどったため、福岡地裁へ提訴。この後、裁判は約1年続くことになる。

 さらに、突如現れたのが、高口ビルの脇を抜ける歩道を封鎖する衝立だった。10月中旬、高口ビル1階店舗の周りを囲むように、木製の衝立が設置された。この囲いの設置により、市場内に通じる生活路の1つが封鎖。ジョイフル社は「防犯目的」と主張していたが、衝立はシャッターより1m以上離れており、納得のいく説明にはなっていなかった。衝立とシャッターの間に死角部分が生まれており、さらに放火でも起きれば、木製の衝立ではひとたまりもない。衝立は側道を塞いでおり、通行は困難。市場内の生活道路であり、すでに営業に支障が出ていた。多くの関係者は、「退去に合意しないテナントへの嫌がらせだ」と不信感を募らせていた。

(つづく)
【東城 洋平】

 

(後)

関連記事