※本章はフィクションです。事故が起こった場合の、数多くの可能性の中のひとつを示すものに過ぎません。あしからずご了承くださいませ。
船からタルが次々投げ入れられ、海の上には多くのダミーがプカプカと数多く浮かんでいた。いくつかのタルは沈んだが、海上保安庁の巡視艇はあまり気にも留めていなかった。タルを捨てることで軽量になった不審船の速度が上がったため「タルを捨てるのは逃げるための苦肉の策なのだろう」と踏んだためである。これはまったく不審船側の思うツボだった。不審船の目的は「特定のタルを敵に感ずかれることなく海に沈めること」であり、それはすでに達せられているのだ。
海にまき散らすものがなくなった不審船は、煙突から黒煙を吐きだしながら必死の逃走を開始した。巡視艇も拡声器で警告を発しながら停船させようとするが、まるで子どもの鬼ごっこのように逃げる。日本の排他的経済水域内で行われていた不審船と巡視艇の争いは、いつしか限界線を越えて、巡視艇は日本の守護すべき海域から不審船を追い出すことに成功した。秋田、福井、島根、長崎、それぞれ午後5時ごろには同様の結末を迎えていた。
巡視艇から言えば不審船を追い出すことには成功したと言えるが、不審船側から言えば逃走に成功した、とも言える。不審船の目的は、そもそも日本本土への上陸ではなく、タルを捨てることにあったのだから、その視点から言えば巡視艇の惨敗である。海上保安庁は午後5時30分より、海上に浮かんだタルを回収し、分析をかけることにした。中身はほとんどがバラスト用の水が入ったものだった。そのうち、数個からは観測用のアンテナとおぼしきものが見つかったが、それだけであった。国が特定されるような文字は入っておらず、日本政府は「国籍不明の不審船による領海侵犯事件」と発表、だ捕できなかったことを悔みつつ、一定の成果に満足していた。
有識者と言われる人々は、ミサイル発射を洋上から目視、確認するための作業だったのだろうという結論に達し、D国の意味不明ないつもの行動と見なされるに至った。
これが誤りだったことは、それから数日の後に判明することとなる。
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