2024年04月23日( 火 )

広告を利用しマスコミに圧力!?~語られる「闇」は電通の真の姿か(後)

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広告主がマスコミに圧力、指南したのは電通か

 興味深い本がある。博報堂の元社員である本間龍氏が著した「原発プロパガンダ」(岩波新書)だ。この本では原発の安全神話をどのようにして国民に信じさせるための手法と事例、その実行者と協力者について記している。本間氏は原発を推進するためのPR手段として効果的に使われたのが広告だったとし、それを効果的に展開していく計画を立案し実行したのが電通など大手広告代理店であると指摘した。クライアントは電力会社であり、または電気事業連合会、さらには経済産業省や資源エネルギー庁、環境省など政府機関である。これらは原子力ムラと呼ばれ、原発の安全性や合理性を呼び掛けるため、長年にわたって大量の広告を投下してきた。その額は莫大で安定していることから、新聞やメディアにとっては得難い収入源になっていたのである。
 本間氏は「その巨額な広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた」と主張。同著のなかでは、原子力ムラがメディアに圧力をかけた事例が紹介されている。注意しなければならないのは、圧力をかけたのは電通ではないということだ。あくまで電通はクライアントに対し、その方法を教えたとしている。

office 筆者は数年前、ある地方紙の広告局に在籍していて、同著で紹介されている事例に直接関わったことがある。経産省の外郭団体である原子力発電環境整備機構(NUMO)が高レベル放射性廃棄物の地層処分に関するシンポジウムを全国で展開したのだが、私はその再録記事の制作を担当した。電通の営業担当と名刺は交換したものの、ほとんどはNUMOの担当者とやり取りしたと記憶している。同著に記されている通り、たしかにシンポジウムの司会は新聞社の論説委員が務めた。しかしそれは電通を通してNUMOの希望を伝えられた新聞社の広告営業担当が、論説委員に直接出演交渉したのである。NUMOからの指定は論説委員であればよく、人選についてはまったくの新聞社任せであった。会場についてもそうである。舞台は新聞社側が準備し、NUMOはただ乗り込んでくるだけでよかった。シンポジウム当日の会場には電通の営業担当も来ていたはずだが、取材をしていた私は会っていない。
 シンポジウムでは、まずNUMOの代表者が地層処分について講演。続くパネルディスカッションには、数人の専門家とNHKの朝ドラに主演した女優が出席した。広告営業担当に尋ねたところ、出演者はシンポジウムを開催する新聞社を巡回しており、人選と出演交渉はNUMOの希望を受けて電通が行ったと聞かされた覚えがある。参加者は基本的に新聞社が事前に募集した人たちだったが、最前列に奇妙な若い男性の一団がいることに気付いた。出演した女優のファンであり、各会場で追っかけをしていたそうだ。もちろん電通の意向は何も働いていない。会場の外には、地層処分の実物大模型が展示されていた。それを持ち込んだのも、電通ではなくNUMOである。
 シンポジウム終了後、私は講演とパネルディスカッションの録音を書き起こし、原稿にまとめた。レイアウトの素案や見出しもすべて私の仕事である。記事に仕上げたのは新聞社の子会社の広告代理店だった。ゲラができあがると、ファクスでNUMOの担当者に直接送り、内容の確認を求めた。掲載日はNUMOの指定であらかじめ決まっており、それまでの間に何度もやり取りを交わした。出演者の写真のサイズや見出しの文字数をすべてそろえるように指示してきたのは、NUMOである。記事の修正もたびたび要請されたが、それは出演者の言葉足らずな部分を補うもので、決してその発言内容を捻じ曲げることはなかった。この仕事で電通から圧力を掛けられたことはなかったように思う。ただNUMOとのやり取りに翻弄されたことが強く印象に残っている。

広告は報道に介入せずの建前

 断っておくが、私は電通を擁護するために自分の経験を紹介したわけではない。「原発プロパガンダ」のなかで記事風広告と呼ばれる形式の広告記事は、ほとんどがこうしたかたちで制作される。あくまで広告代理店はクライアントとメディアの仲立ちを務めるだけで、表に立つことはない。広告に反映されるのはクライアントの意志である。それが時に圧力になってしまうことは認めざるを得ない。
 同著でもクライアントがメディアに圧力をかけた事例として「プルトニウム元年」事件を紹介している。1992年、広島テレビは日本のプルトニウム利用の動きを追ったドキュメンタリー番組を制作したが、中国電力と電事連が執拗に抗議。中国電力が提供番組のスポンサーを降りるという事態に至り、結局番組を制作したスタッフらが降格させられている。

 興味深いのは、番組制作スタッフの1人が中国電力からの介入ではなく、局側の「自己規制」ではないかと発言していることだ。原則として、広告は報道に介入することは許されない。しかし営業部門の突き上げを食らった上層部が人事というかたちで報道に介入することは十分にあり得る。メディアがそのような「自己規制」を行うのも原子力ムラからの広告料が莫大であるからだ。とくに地方のメディアほど、財政基盤は弱くなるだけにこのような安定した収入に頼らざるを得なくなる。その間を取り持つ点で電通の役割は重大といえるだろう。しかし、忘れてならないのは、クライアントが広告を引き上げてしまうと、電通もまた手数料が得られないことである。

kawaiiku 原発に限らず、電通がそのノウハウを活用して行政と共同で実施している事業は数多い。電通のHPでも、福井県大野市と人口減少対策に取り組んでいる事例が紹介している。福岡市では2012年、電通と組んで「カワイイ区」というPR事業を始めている。きっかけを作ったのは、初代区長を務めた元AKB48の篠田麻里子氏。「地元(福岡)に貢献したい」との篠田氏の意向に応えて、高島宗一郎福岡市長の肝いり事業として始まった。ただし、同事業の運営業者に電通を指定したのは篠田氏の事務所であり、市は電通と約1,000万円で随意契約を結んでいる。電通はAKB48を運営する(株)AKSの主要取引先であり、そのつながりから篠田氏の事務所が電通を引っ張り込んだのは想像に難くない。
 「カワイイ区」は仮想の行政区であり、ネット上にしか存在しない。言ってみれば電通の仕事は公式HPを立ち上げ、その運営だけ。そのPR効果については、市民や市議会から疑問の声があがり、さらには「カワイイ」という言葉が男女差別を助長するという批判が起こり、結局、篠田氏は半年足らずで区長を退任。事業自体は他の広告代理店に引き継がれたものの、15年に終了した。髙島市長の思い付きで始まり、内容が乏しいままで受注した「カワイイ区」は、電通にとってさぞオイシイ仕事であっただろう。しかし、その原資は税金。ムダな公共事業を手がけたという点では、電通のイメージダウンにつながることとなる。

広告は“水物”、重要なのはメディアリテラシー

 大手広告代理店のなかで電通が批判のやり玉に上がるのは、かつて国策企業であったという歴史的経緯にあるのだろう。その性格を現在も受け継いでおり、国民を政府の言いなりになるように広告で誘導しようとしているのではないか。広告代理店という性格上、なかなか人の目につきにくいだけにそのような疑いが強く持たれるのだろう。しかし理解しておかなければならないのは、広告業というのは極めて景気に左右されやすい業界であるということだ。

 リーマン・ショック直後の09年3月期決算で、電通は創業以来初の赤字となった。この時、私が勤めていた地方新聞社でも東京からの広告出稿がゼロになるという緊急事態に陥ったものの、地元企業が積極的に広告を出してくれたおかげでそれほど業績を落とさずに済んでいる。東日本大震災直後もテレビCMがACジャパンによる意見広告だけとなり、新聞社にも大手企業からの広告出稿がほぼなくなってしまったものの、それで経営危機になったという話は聞かなかった。全国紙やキー局において電通の果たす役割は大きいだろうが、地方に行くほどその影響は小さくなっていく。「原発プロパガンダ」の著者が「無料のテレビの前にただ座っているだけでは、誰も真実を教えてはくれない」と述べているように、現代社会で求められるのは読者や視聴者がメディアリテラシーを持つことである。そうすれば電通の実相も自ずと見えてくるだろう。

(了)
【平古場 豪】

<COMPANY INFORMATION>
(株)電通
代 表:石井 直
所在地:東京都港区東新橋1-81-1
設 立:1901年7月
資本金:746億981万円
収 益:(15/12連結)7,064億6,900万円

 
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