2024年03月29日( 金 )

ガンホー、アリババを売った孫正義のホンネ(前)

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 ソフトバンクグループが、保有する中国最大のインターネット通販企業アリババグループの株式を日本円で1兆1,000億円余分を売却すると発表したことで、九州が生んだ豪傑経営者、孫正義社長の「次の一手」に株式市場の注目が集まっている。表向きは負債の返済ということになっているが、株式市場にそれを信じる者はいない。

 ソフトバンクグループ(SBG)が6月1日、79億ドル以上のアリババ株を売却すると発表すると、株式市場に衝撃が走った。SBGの負債は長短期の借入金と社債などで11兆9,000億円もあり、プレスリリース上はその返済と一般事業目的に充てるとしていたので、負債圧縮が好感されて、一時SBG株は急伸した。
 しかし、投資家などからアリババ株の引き合いが多く、SBGは2日、3日と追加売却を発表。その売却規模が100億ドルにも達すると、市場も冷静さを取り戻した。
 「これは何かある。表向きの借金返済を真に受けてはいけない」――と。

softbank SBGが売る100億ドルものアリババ株は、(1)新設される「マンダトリー・エクスチェジャブル・トラスト」への66億ドル、(2)アリババの自社株買い20億ドル、(3)アリババのパートナー企業への売却4億ドル、(4)シンガポールの政府系投資ファンドGICに5億ドル、(5)同じくシンガポールの政府系投資ファンド5億ドル――となっている。

 このなかで異色なのは、(1)の「トラスト」への売却だ。同トラストはSBGからアリババ株を購入すると、それを裏付ける「他社株強制転換証券」を発行し、希望する投資家に売却する。この「他社株強制転換証券」とは、要するにアリババ株にいずれ交換する“証文”のようなもので、3年経つとトラストがSBGから購入したアリババ株に転換される。大量のアリババ株を一時に売ると、値崩れしかねないため、市場へのショックを和らげるために考案された“クッション”だろう。しかも3年後に株価が上昇していれば、そのときの値上がり益もSBG側が享受できるという仕組みになっている。
 こんな仕組みは日本にはないし、海外でも珍しい。こんな変わった売り方を考案したのは、孫氏が連れてきた「お雇い外国人」の新参幹部たちと思われる。

 さて、今回の「アリババ株1兆円分の売却」の狙いだが、1つは保有する32%余りのアリババ株のうち5%程度を換金化するだけで1兆円超を手にすることができるという、SBGの財務力を世間に見せつけたということにある。
 SBGの社債などの格付けは、ムーディーズもスタンダード&プアーズも「投機的」とみなすB格付けにある。11兆9,000億円という、あまりにも大きな負債について、経済マスコミやアナリストたちは「危うすぎる」と批判的だ。
 それに対して孫氏は、所有している資産のごく一部を売却するだけで、瞬時にして巨額のカネを生み出せる、という実力を見せつけたのである。

 リーマン・ショック当時、巨額の負債を抱える当時のソフトバンクの経営を危ぶむ声がクレジット市場に広がり、同社の株は暴落した。しかし孫氏は「負債をゼロにする」と宣言し、急速に負債の削減を進めることに成功。通信事業から上がってくる営業キャッシュフローの一部を返済原資に回すだけで、財務体質が急改善することを市場関係者や金融機関に見せつけたことがある。まさに、それと同じ効果を狙っているのだろう。

 では、こうして調達した1兆1,000億円が、そのまま全額返済に充当されるかと言えば、おそらくそうではないと考えられる。新たなる買収のための「軍資金」として使われる公算が大であろう。孫氏のもとには、165億円で招いたグーグル出身のニケシュ・アローラ副社長がいる。したがって、彼の指揮のもとで新たな買収が行われるのではないかという観測がもっぱらだ。

 噂される買収先の1つが、経営難の米国ヤフーの買収だ。米ヤフーは、SBGの虎の子でもある日本のヤフーの株式を35.5%も所有している。議決権の3分の1超があれば株主総会で重要事項を否決できる“拒否権”が持てる。米国ヤフーがライバルに買収されたら、日本のヤフーの“拒否権”が持ててしまうのだ。このため、日本経済新聞は「アリババ株売却で得た資金によってSBGは米ヤフーを買収するのではないか」との観測記事を掲げたが、アローラ氏は報道後に開かれたアナリストミーティングで「絶対にそんなことはあり得ない」と一蹴し、報道を否定して見せた。

 かといって、調達した1兆1,000億円があまりにも巨額のため、アローラ氏がこれまで主導してきたインドやインドネシアなど新興国のネットベンチャーへの投資という可能性は、低そうだ。そうした新興国のベンチャー企業への投資は、多くても数百億円台で十分だからである。

 そうなると一番公算が大きいのは、米国のしかるべき有名企業を買収するという選択肢だ。一時、スプリントとの合併を検討した米第3位の携帯通信会社TモバイルUSなど、米国の大手企業の名前が株式市場では取り沙汰されている。一度失敗した3位・4位連合をもう1回模索し、米国の携帯通信市場の最大手ベライゾンやAT&Tと互角の勝負を挑もうという腹ではないか。

 あるいはアローラ氏の伝手で、シリコンバレーのITジャイアンツに巨額投資するかもしれない。ロボットやAI(人工知能)、電気自動車や自動走行などが対象分野に上がりそうだ。
 「額が大きく米ドルで調達するわけだから、日本や欧州ではなく、米国に買収対象案件があるのではないか」――。市場ではそう囁かれている。

(つづく)
【経済ジャーナリスト・広田 三郎】

 
(後)

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