2024年04月20日( 土 )

ゴングが鳴る前に自民党改憲草案を読む!(1)

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法学館憲法研究所所長・弁護士 伊藤 真 氏

 7月に行われた参議院選挙の結果、改憲に前向きな勢力が3分の2の議席を超えた。衆議院と参議院の両院で改憲勢力が結集すれば、改憲の発議(国民に向けて改憲案を示すこと)を行うことが可能になった。自民党の憲法改正草案では「憲法9条を変えて国防軍を創設する」とされている。改憲案が発議されると60日~180日以内に国民投票の投票日が定められる。国民投票には最低投票率の定めはなく、有効投票の過半数で決まる。つまり、試合開始のゴングが鳴ってしまうと、国民に残された時間は最短で60日しかない。国民投票の結果を後悔しないために、今私たちは何をすべきなのか。

 『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』(大月書店)が今話題になっている。著者である伊藤真 法学館憲法研究所 所長・弁護士(日弁連憲法問題対策本部副本部長)に聞いた。
 この本には自民党の改憲草案各章のあらゆる角度からの分析・解説に加えて、最後に「あなたの赤ペン」という欄が設けられている。これから始まる改憲論議においては、政治を議員任せにしていた人を含め、国民一人一人がその態度を問われることになる。

水も空気も失って初めて気づくもの

 ――本日は、自民党の憲法改正草案(以下、改憲草案)について色々と教えて頂きたいと思います。その前に、日本人と憲法との関係について、「憲法の伝道師」と言われる先生はどうご覧になっていますか。

法学館憲法研究所所長・弁護士 伊藤 真 氏<

法学館憲法研究所所長・弁護士 伊藤 真 氏

 伊藤真氏(以下、伊藤) 貧困や格差の問題は、目の前にひどい目に遭っている人がいて、その様子が見えるので、すごく身近に感じます。一方、憲法ですが、日本はこれまで「平和憲法」の下、戦後71年間戦争をせずにきました。今現在で申し上げると、多くの国民にとって、憲法は水や空気と同じ存在になっているのではないかと思います。沖縄県の人や、たまたま高江に行く機会のあった人は、全国から500人と言われる機動隊が導入された様子や、陸上自衛隊の大型輸送ヘリが導入された現実を見て、憲法をかなり身近に感じているかも知れません。

 しかし、水も空気も失って初めて気づくものです。今日本に住んでいると、空気はきれいですし、蛇口をひねると、きれいな水が出てきます。しかし、中国、ベトナムやタイなどに行ったことのある人は汚染された空気(PM2.5など)や汚れた水がどれだけ辛いかを体験しています。同じ様に、今日本では自由にものが読め、発言することが可能です。憲法を必要とするほど、不自由さを感じていないかも知れません。何よりも、日本においては、現行憲法が公布されてから70年、この数年来の安倍政権のような前代未聞の「憲法を無視した国政」が行われたことは唯の一度もありませんでした。

私たちの社会や生活はどのようになるのか?

 しかし、時代は変わりました。では、このような時代に、私たちには何が必要なのでしょうか。私は、それは「想像力」だと思います。たとえば自民党の改憲草案ですが、「このように改憲されたら、私たちの社会そして生活はどのようになるのか?」と自分で想像できないといけません。その想像力が働かないと、知らないうちに気づいたら、自分が戦争に関係していた、なんてことも普通に起こる可能性があります。
 この動きは一気にくるものではなく、じわじわと来るものだからです。つまり、気づいた時は「茹でガエル」状態になっていて手遅れと言うわけです。

市民の間で起こる叩き潰し合い

 現在すでに、日本社会では自由にものが言えなくなってきています。たとえば、大衆迎合的な多数に従わないと、いじめられるとか、非難されることが目立ってきました。最近はネットでの炎上、市民の間での叩き潰し合いが起こっており、まるで、戦争に反対する人を「非国民」と罵倒した戦前を彷彿させます。市民相互の間で相手を批判し合い、非難し合い、ものが言えなくなっていったのは、ナチス・ドイツの例を出すまでもなく、戦前の日本です。それはさらに進むと、密告社会になり、国民一人ひとりがどんどん生きづらい社会になっていきます。

 先の国会での、自民党のスタンディングオベーションは、過去にはなかったことで、極めて異常であるばかりでなく、不気味でさえあります。さらに言えば、メディアの忖度や自粛もかなり進んできました。

本当に独立主権国家として動いているのか!

 ――7月に行われた参議院選挙の結果、改憲に前向きな勢力が3分の2の議席を超え、改憲発議を行うことが可能になりました。

 伊藤 今後、ますます「非立憲主義」や「非民主主義」という動きが加速していくことを感じています。真面目に考えれば、国民一人ひとりが豊かになるために、国が豊かになることを目指すべきです。しかし、現実には、昨年の安保関連法案でも、原発再稼働でも、TPP批准問題でも、グローバル大企業とごく少数の限られた富裕層がより豊かになることを現政権は政治の目的にしています。その結果、多くの国民の貧富の差が拡大し、国民の大多数が貧しくなっています。
 軍事産業や原発産業など、グローバル大企業のために政治をやっているのが今のアメリカではないでしょうか。そのアメリカに引きずられて、日本は「本当に独立主権国家として動いているのか」と疑わしい状況が続いています。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
itou_s伊藤 真氏(いとう・まこと)
弁護士(日弁連憲法問題対策本部副本部長)
1958年生まれ。1981年司法試験合格。1995年「伊藤真の司法試験塾」(現「伊藤塾」)を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。法学館憲法研究所所長。立憲主義の破壊に反対する『国民安保法制懇』の設立(2014年)メンバー。
著書として、『憲法の力』(集英社新書)、『憲法問題 なぜいま改憲なのか』(PHP新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)、『やっぱり九条が戦争を止めていた』(毎日新聞社)、『けんぽうのえほん あなたこそたからもの』、『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』(ともに大月書店)など多数。

 
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