2024年04月18日( 木 )

トランプ新大統領の率いるアメリカの行方(4)

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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 現在、ベトナムは人口が1億人に近づき、国内市場も急速に成長を遂げている。ASEAN諸国のなかでは、タイやマレーシアを抜く勢いで、市場の活性化と国際化が進む優等生。そのため、外国からの投資や技術移転も順調に推移してきた。まさにTPPは、その流れを一層加速するものとして、ベトナム政府としてはTPPに極めて積極的な姿勢で関わってきたものだ。

 しかしTPPは、今後2年以内に交渉参加国の国内総生産(GDP)合計の85%を占める6カ国以上が協定を承認しなければ発効しない、という決まりになっている。最大の経済力を誇り、GDP合計の60%を占め、交渉を先導してきたアメリカが本当にこの協定を批准するかどうかは、トランプ大統領の誕生によって難しい事態に立ち至ったことになる。
 そんななか、これまで交渉に前向だったベトナム政府が、アメリカの動きを察知してか、突然の如く、TPPの問題点を指摘するようになり、「現状のままではベトナムにとって必ずしも望ましい協定とは言えない」「国内の法的整備が間に合わない」といった慎重論が急浮上するようになってきた。まさに「トランプ・ショック」の津波といえそうだ。

usa-min その最大の懸念材料は、海外企業が進出先の政府を訴えることができるというISD条項にある。この条項に関する懸念については、筆者も以前から指摘してきたことだ。残念ながら、我が国ではTPP協定の交渉経緯や合意文書の中身が公表されていない部分もあり、その全貌が明らかになっていない。
 ところが、ベトナムにおいては、このISD条項が悪用された場合への予防策が講じられていないことへの不信感が高まってきた。例えば、海外企業がベトナム国内で想定していた利益が確保されなかった場合に、ベトナム政府の規制緩和が不十分であるという理由で、その補償を政府に請求できるのは問題である、という指摘である。
 それを可能にするようなISD条項をこのまま認めてしまえば大変な経済的損失を被ることになる。そうした危険性が明らかにされ、「現状のままでは受け入れるべきではない」という議論が急速に浮上してきたのである。実は、アメリカの新大統領もそうした問題を共有しているのではないか。日本では情報開示が遅れているため、そのリスクが十分に分析、検討されているとは言い難い。トランプ新大統領の登場を機に、我が国もベトナム同様、TPPの課題を再検討すべきである。

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 いずれにせよ、トランプ新大統領は「アメリカを再び偉大な国家に」をスローガンに勝利を引き寄せた。今後は国内のインフラ整備と医療制度改革に力を注ぐ意向を明らかにしている。高速道路、トンネル、鉄道、空港、港湾などの老朽化が目立つアメリカ。そうした公共施設を中国など海外資本が買収し続けている。それらの動きを封じ込め、アメリカをアメリカ人の手に取り戻すという。
 具体的には、法人税を35%から15%に引き下げ、海外に流出したアメリカ企業を呼び戻すと主張。政府の予算編成過程を見直し、徹底的な無駄を排するとも訴えている。オバマ政権下で、国家の負債は倍増し19兆ドルを超えてしまった。今後10年間、財政支出を1兆ドル削減しつつ、経済成長率を年平均4%に高め、2,500万人の新規雇用を創出すると強気だ。こうした見通しを好感し、株式市場は急騰気味である。

 アメリカでも日本でも、トランプ氏に関する報道は不動産王としての派手な言動やライフスタイルに焦点が当てられてきたが、実際のトランプ氏は酒も飲まない、真面目で慎重なビジネスマンである。暴言風の物言いは全て計算された強いリーダーというイメージ作りの賜物。そのことを踏まえて、トランプ氏との真摯な向き合い方を考える必要があろう。

(了)

<プロフィール>
hamada_prf浜田 和幸(はまだ かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。

 
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