2024年03月29日( 金 )

捨てられる高齢者たち(後)

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大さんのシニアリポート第53回

 現在、次回作の構想を練っている。ほぼできあがった。タイトルは『捨てられる高齢者たち(仮題)』。サブタイトルは「姥捨て山のススメ」としたい。「ぐるり」で目の当たりにした事実を紹介し、「なぜ今、高齢者は身内に捨てられるのか」を、歴史を通して紐解いてみたい。

 予断だが、今後、「子どもから高齢者が捨てられる」という現実から回避できる術は、もはや霧消したのではないか。子どもたちが意識して“棄老(親捨て)”を選択したわけではない。生活のスタイルが、大きく様変わりしたのだ。戦前からの大家族制を維持できていれば、その必要性はなかった。しかし、もはや大家族制を維持できる環境にはない。

 拙著『団地が死んでいく』(平凡社新書)でも紹介したが、関東大震災(大正12年)後、東京と横浜に耐震性を重要視した鉄筋の集合住宅(同潤会アパートメント)を建てた。戦後は大勢の復員者が短期間に帰国。その住宅建設のため、地方からも大量の労働が都会に流入し、彼らの住宅確保が喫緊の問題として急浮上した。そこで住宅営団(昭和22年まで)や公営住宅、住宅公団が、狭小の集合住宅(ウサギ小屋)を矢継ぎ早に建てた。
 公団のコンセプトは「居住者輪廻」。つまり、サラリーマンの住居者は、年功序列で収入が増え、やがて戸建て住宅を購入し公団から出て行く。空いた部屋には新規の住宅困窮者が入居。こうして空き室は常に回転(輪廻)していくという考え方から成り立っていた。
 だが現実は、成長した子どもたちが、就職や結婚を境に公団から出て行き自活する。残された両親の多くは、戸建て住宅を建てる余裕も(必要も)なく、そこに住み続けた。これは集合住宅特有の「狭小性」だけではなく、戸建てでも起きている。いわゆる“核家族化”である。

 核家族化が定着すると、両親と子どもたちとの距離は絶望的に広がる。両親も「子どもたちにも生活があり、迷惑をかけたくない」という気持ち(本音ではない場合が多い)が生まれる。やがて両親は老い、いやでも子どもたちは“介護”という問題に直面させられる。だが、一度「心地良い距離感」を楽しんだ子どもたちにとって、「人生の輪廻」(誰にも老いは訪れる)を実感しようとは思わない。会社を辞し、両親を介護する「介護難民」もいるが、大半は「現実(介護する)と理想(介護拒否)」との間で心が揺らいでいるはずだ。だから、介護する側の家族にとって、「施設への入居」が最大の希望となり、「介護する免罪符」となりえるのだ。

 介護は誰にでも直面する“一大事”である。「ぐるり」の常連・中井夫妻の場合、「子ども時代、父親に耐えられない仕打ちを受けた」というトラウマや、「自分にも家族がいる」という理由で、長男は具体的な介護を拒否。行政の福祉関係者や私(「親しくしている近所の爺さん」という立ち位置)などが協力し合い、遠方ではあるが夫婦で入居できる施設に送り込んだ。おそらく長男の心の中には、「一安心」という三文字が生まれていたに違いない。だから、安倍晋三(政府)の提案する「三世代家族の住む家」への税金等の優遇措置は、時代を無視する愚策以外の何ものでもない。

 私は高齢者自身が、「子どもたちに期待しない生き方」を模索すべき時代になってしまったことを自覚すべきだと思う。
 深沢七郎に『楢山節考』という“棄老”の小説がある。実は「姥捨て」伝説は、寓話ではなかった。柳田国男の名著『遠野物語』で、実際にあった棄老の問題を取り上げている。岩手県遠野市にある「デンデラ野」。近在に住む60歳を超えた高齢者(当時は長寿)が、この地に集まり、集団で生活(農作業などの手伝いなど)をした。家族の口減らしのため、自発的に家を出たのだ。やがて命脈が尽き、遺体はこの地に埋葬されたという。合理的な考え方だと思う。こうした“棄老伝説”は各地に存在した。
 桜井政成氏(立命館大学政策科学部准教授)は、「高齢者世代だけではなく、さまざまな年齢別の相互扶助組織が、日本のかつての村落社会では発展していた。かつての日本には、地縁・血縁などの助け合いは存在していなかった。あったのは今と同じく、NPO・ボランティアグループ・互助組織といった集団的な『生存戦略』なのである」という。「デンデラ(野)」を、「高齢者相互互助組織、コミュニティ、コーポラティブハウス」と指摘する。

 時代を遡ると、「痴呆老人は神」と崇められていた、今では考えられない時代もあった。江戸期には、老後を「老入(おい)れ」と呼び、老いに対してマイナスイメージがない。幕府や諸藩の重役も「大老」「老中」「家老」と呼ばれた。井原西鶴の『日本永代蔵』に、「若いときに仕事に精を出し、老後に備える。金を稼ぐのは隠居のためだ」と述べている。

 歴史を振り返れば、「今」という時代が見えてくる。子どもに捨てられる前に、子どもを捨てるべきだ。「子離れ」という意識を持つのは、早いほうがいい。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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