2024年04月20日( 土 )

メディアを「生態系」として捉えるネット社会(5)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

関西大学総合情報学部特任教授 松林 薫 氏

相互依存、相互監視する「生態系」で捉える

 ――本著では、メディアの5つの限界を乗り越えるために、「メディアを“生態系”として捉える」ことを提唱されています。それはどういうことでしょうか。

 松林 インターネットの特徴は、新聞、テレビ、個人、といったさまざまな情報発信主体が、同じフィールド(サイト)で情報を発信しているという点にあります。メディアをピラミッド状の序列構造で捉えるのではなく、それぞれが複雑に影響し合い、相互依存、相互監視するような「生態系」で捉える必要があると考えています。
 「これだけを読んでいれば大丈夫」――というメディアは存在しません。それぞれの特徴に応じた使い方をすることです。たとえば、第1報は既存メディアで収集し、解説はネット専業メディアのものを読む、といった組み合わせも考えられます。

都合の良い事実で現実とかけ離れた主張をする

 ――新聞不信、メディア不信の背景には、「偏向している」という市民の声があります。しかし、本著では「偏向は避けられない」と指摘しています。それはどういうことでしょうか。

 松林 文章でも動画でも、事実(ファクト)について書いた部分と、自分の意見や主張について取り上げている部分では、情報の質が違います。“信頼性”という場合には、書かれている事実のたしかさだけが問題にされるわけではありません。さまざまな事実のなかから、それらを中立公平に選んでいるか、事実のなかで都合の良い部分だけを目立たたせるように編集されていないかの観点も大事です。
 極端な話、文章や映像に含まれている事実についてはすべて正しくても、自分の都合の良い事実だけを並べることで、現実とはかけ離れた主張をしてしまうことだって可能なのです。

情報の偏りは発信者の悪意や陰謀によるもの?

 ただし、ここで注意していただきたいのは、こうした「情報の偏り」を発信者の悪意や陰謀によるものと決めつけてしまうのは、メディアリテラシーの観点から見れば、むしろ「危険」といえることです。
 では、どうしてこのような偏りは生まれるのでしょうか。私は、(1)物理的制約、(2)政治的思惑、(3)編集的動機――の3つのパターンに分けて説明しています。
 1つ目の物理的制約とは、先に述べた「字数の限界」と同じ意味で、どんなコンテンツにも「枠」があるということです。ネットには一見枠がないように思えますが、あまり長くなれば読まれません。
 2つ目の政治的思惑とは、自分や自社の主張に有利な情報を選んだり、編集によって印象づけたりするインセンティブが働くという意味です。最近のマスメディアに対する不信の根底にある考えと言えます。つまり、情報を選別することによって、視聴者をある方向に誘導しようとしていると思われています。
 3つ目の編集的動機とは、記事や番組のなかで主張に整合性を持たせたり、面白さを追及したり、読者や視聴者にインパクトを与えようとすることです。ストーリーとしてうまく完結するように、あるいは読者や視聴者が面白いと感じるように事実を選択、見せ方を工夫してしまうわけです。

 一般に偏向報道として問題になるのは(2)の政治的思惑のパターンと思われがちですが、実はコンテンツの偏向というのは、むしろ(3)の編集的動機のパターンによって生じることが多いのです。また(2)のパターンは単体で生じるのではなく、(1)のパターン(物理的制約)との関係で現れてくることがほとんどです。
 いずれにしても、これらは受け手(読者、視聴者など)への配慮から生まれるものがほとんどなのです。

市民も報道技術、倫理を考える必要がある時代

 ――今、先生は大学でネットジャーナリズム論を教えておられます。どのような点を重視しておられますか。

 松林 大学では「ネットジャーナリズム論」と「ネットジャーナリズム実習」という2つの講座を持っています。ネットジャーナリズム実習では、たとえば、ネット上にアップされている実際の記者会見動画などを題材に、速報記事を作成します。この実習を通して、取材、時間、字数などの限界などを体験します。会見の内容のなかで、記事になるのはほんの一部です。どの部分を抜き出すかは、聴き手が何を面白いと思い、何を読者に伝えたいと思うかによって変わってきます。またネットジャーナリズム論では、従来はプロだけが考えてきた、報道に関する技術や倫理などの問題を、市民の側でも考えなければいけない時代がやって来たことを伝えています。

 ――最後に、読者へのメッセージをいただけますか。

 松林 ネット社会においては、メディアを相互依存、相互監視するような「生態系」として捉えることが重要です。そのうえで、それぞれの情報の特徴(信頼性のレベル、発信の目的、情報の偏り具合など)をしっかり意識して、その特徴に応じた使い方をしてほしいと思います。

(了)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
松林 薫(まつばやし・かおる)
1973年広島市生まれ。京都大学経済学部、同修士課程を修了後、99年に日本経済新聞社に入社。東京と大阪の経済部で、金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当、経済解説部で「経済教室」や「やさしい経済学」の編集も手がける。14年10月に退社。同年11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立し、代表取締役に就任。16年4月より関西大学総合情報学部特任教授(ネットジャーナリズム論)。
著書として『新聞の正しい読み方 情報のプロはこう読んでいる!』(NTT出版)、『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(晶文社)。共著として『けいざい心理学!』、『環境技術で世界に挑む』、『アベノミクスを考える』(電子書籍)(以上、日本経済新聞社)など多数。

 

(4)

関連記事