2024年04月25日( 木 )

イギリスを襲うテロと大火災のダブルパンチ~求心力を失うメイ首相(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 実は、このグレンフェル・タワーと呼ばれる高層住宅は、1970年代に建設されたものであり、これまでも至る所に問題が発生していた。しかし、居住者が低所得者ということもあり、建物の所有者である地元の自治体は、公の資金を注入して改善策を講じることに積極的ではなかった。実際にメンテナンスを請け負っていた会社KCTMOはあの手この手を講じて、安全対策にはお金をかけないようにしていたという。

 そのため、居住者の間では、「火災報知器やスプリンクラーも設置されていない」とか、「避難用の非常階段も使い勝手が悪く、万が一には大災害になりかねない」との危惧の念が繰り返し表明されていた。また、建物に通じる道路には常に住民や周辺の居住者の車が駐車してあり、火災の場合、「消防車や救急車が建物に近づくことが極めて難しい」との指摘もあった。

 昨年末、居住者を対象にしたアンケート調査では、「住民の90%が外壁の補修を含む工事に不満と不信を抱いていた」ことが判明したが、RBKCもKCTMOも聞く耳を持たず、住民の不安材料は放置されたままだった。

 こうした建物の安全性を検討する地区議会の議員たちは、実はこの建物を含め他の低所得者向け集合住宅の利権を有している場合が多く、「余分な費用をかけたくない」といった思惑から建物の安全基準を強化する提案や法案に対して常に反対票を投じてきた。住民の権利を守るという発想は皆無だったという。

 しかも、メイ内閣の官房長官も、この物件の利権を有する人物の一人であった。「最低限の安全を確保できれば十分」という発想で、外壁材の選択にあたっても耐火性の保証されている素材もあったにもかかわらず、あえて値段の安い外壁材を使ったことが判明している。こうした危険な外壁材はドイツやフランスなどヨーロッパでもアメリカでも使用が禁止されているものだ。

 イギリスには、同じような高層住宅が4,000棟以上存在している。そのうち、判明しているだけで、87の建物においては、今回の大火災をもたらした原因と目される耐火性の保証されない外壁材が使われているとのこと。イギリス全土でこうした集合住宅の安全性が確保されていないのではないかとの疑念が広がっている。

 メイ首相は、被害にあった人々に緊急の支援策を講じると述べ、3週間以内に新たな住まいに引っ越すことができるようにすると約束している。果たして、そうした約束は実現されるのだろうか。ロンドンだけで、現在220棟の新たな高層住宅が建設中と言われている。その多くは、今回の集合住宅とは異なり、投機目的の建物と言われており、平均価格が2億円以上の高級物件ばかりである。そんな住まいは提供されるはずはない。

 近年、ロンドンの不動産価格は異常な値上がりを続けており、今回焼け出された低所得者層の人々にはとても手が出ない高嶺の花である。そうした超高層マンションが林立する一方で、低所得者向けには老朽化した集合住宅を化粧直ししただけで、安全性を無視し、提供し続けているのが今のイギリスだ。
これでは置き去りにされた住民の不満と怒りは大きくなるばかりで、社会不安も増すばかりであろう。このままでは、相次ぐテロの温床となるのは火を見るよりも明らかだ。メイ首相は続投の意向を示しているが、それほど長くはダウニング街に住み続けることはできそうにない。焼けただれ廃墟の様相を呈する高層住宅跡は、メイ首相にとっては悪夢の記念碑となりそうだ。

 「日本は安全安心の国だから、イギリスのようなことは起きない」と信じたいところだが、昨年1年間に東京消防庁が立ち入り検査を行った都内の高層マンション576棟の内、何と8割に当たる463棟が消防法違反を指摘されているのである。ロンドンの場合と同じように、日本でも11階以上となると、はしご車の放水が届かないケースも多い。

 今年の1月には都内豊島区の26階建てマンションの2階部分から出火し、非常階段に煙が充満したため、避難の途中で住民がパニックとなった火災が発生したばかりだ。決して他人事とは言えないだろう。複数の非常階段の設置や日頃の防火、避難訓練が欠かせない。

(了)

<プロフィール>
hamada_prf浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。

 
(中)

関連キーワード

関連記事