2024年04月24日( 水 )

遠野で「デンデラ野」と「ダンノハナ」を見た(前)

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大さんのシニアリポート第60回

デンデラ野風景とあがりの家

 先日、岩手県遠野市に行った。遠野は民話の里として有名だ。でも今回は、座敷わらしにも、オシラサマにも、カッパにも会う予定がなかった。目的はたった1つ。「デンデラ野」と「ダンノハナ」をこの目で見るためである。農商務省の官僚で民俗学者でもあった柳田国男の名著『遠野物語』は、遠野(土淵村)の住民佐々木喜善(きぜん)の話を柳田が書き留めた作品である。その第111話に、驚くべき事実が記されていた。次回作『親を捨てる子、子を捨てられない親(仮題)』(平凡社新書)にとって、原点ともいうべき場所だった。

 少し長いが第111話を引用して紹介する。「山口、飯豊(いいで)、附馬牛(つくもうし)の字荒川東禅寺および火渡(ひわたり)、青笹の字中沢ならびに土淵村の字土淵に、ともにダンノハナという地名あり。その近傍にこれと相対して必ず蓮台野(れんだいの)という地あり。昔は六十を超えたる老人はすべて、この蓮台野へ追いやるの習いありき。老人はいたずらに死んでしまうこともならぬゆえに、日中は里へ下り、農作して口を糊(ぬら)したり。そのために今も山口・土淵村にては、朝(あした)に野らに出づるをハカダチといい、夕方野らより帰ることをハカアガリという、と言えり。」(『遠野物語へようこそ』三浦佑之/赤坂憲雄 ちくまプリマー新書より引用)。

 「ここに登場する蓮台野は、柳田国男による当て字でしょうか。遠野では、デンデラ野とかデンデーラ野と呼ばれています。柳田の耳はそれを、京都近郊の、その名を知られた葬送の地である蓮台野と聞き取り、迷わずにこの字を当てたのでしょうか。(中略)このデンデラ野とダンノハナという地名とが、近くに、相対して見いだされる、というのです。改めて触れることにしますが、デンデラ野はここに姥棄ての地として姿を現します。すなわち、昔は、六十を超えた老人たちはすべて、このデンデラ野に追いやられる風習があった、というのです。まさに、姥棄てや棄老などと呼ばれてきた伝説の1つですが、どこか異様な雰囲気を漂わせています。その語り口が、たんなる昔話や伝説とは思われないような、奇妙なリアリティを感じさせるのです」(同、赤坂)

「あがりの家」室内

 『遠野物語』が出版されたのは、1910年である。作家を志して上京中の佐々木喜善の下宿先や柳田の家で採録された。遠野という土地に柳田が始めて足を運んだのが1909年8月23日。上野駅から午後11時発の青森行き(常磐線)の列車に乗り、東北本線の花巻駅に正午到着。そこから人力車を乗り継いで遠野に着いたのが午後8時。都合21時間の長旅だった。今では東北新幹線で新花巻へ、釜石線に乗り換え遠野駅へ。ドアツードアでも4時間半ほど。柳田は城下町だった当時の賑わいに驚きの色を見せていたが、私が見た遠野は、平日だったせいか人影もまばら。シャッターを下ろした店舗も目につくありふれた地方の町という印象だった。

 タクシーを時間契約で貸切り、郊外を目指す。町並みはやがて途絶え、稲刈りも終えた田んぼに、稲架(はさ)掛けされた稲束が、秋の日に輝いている。「デンデラ野」に薄が生い茂り、「あがりの家」と呼ばれる質素な藁葺き小屋が、薄に隠れるようにある。「あがりの家」は資料を基にした創作だろう。小屋の中央に囲炉裏が切られ、立ち上る煙は天井から抜け出す仕組みになっている。遠野の冬は寒く、丘のうえにつくられた小屋は、強風で激しく揺れたに違いない。現在もイノシシや日本鹿、カモシカなどの獣が農作物を喰い荒らすという。熊も里に下りたというから、粗末な小屋はひとたまりもなかったと想像するに難くない。

 「いまも山口や土淵あたりでは、朝に野良に出ることをハカダチといい、夕方野良より帰ることをハカアガリという」(同 赤坂)とあるように、近在の農家から棄てられた60歳以上の老人たちが、「デンデラ野」に集まり、共同生活をした。昼は農家の手伝いをし、夜になると「あがりの家」で寝泊まりした。「デンデラ野」は近在の村々にあり、村によって行くべき「デンデラ野」が決められていたという。「あがりの家」の名称は、「ハカアガリ」から来ていると思う。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
(59・後)
(60・後)

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