福沢諭吉と現代(4)
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話を「民情一新」に移そう。
この著作は福沢が自慢していたもので、もし自分の著書で欧米人にも読むに値するものがあるなら、この一冊だと彼自身言っていた。では、その内容はというと、要するに、人間社会が近代になって大きく変わったのは、人間そのものの力によるのではなくて、人間が生み出した蒸気機関と通信機器の発達によるのだという論である。一方の人間は、自分たちがつくり出したものの、奴隷と化しており、自分ではどの方向に行けばよいのかわからずにいる、というのだ。「民情一新」して「狼狽」するのみ、というわけである。
つまりこの書は、近代文明についての診断書と言ってよい。そこでは日本の運命といった小さな視点を超えて、人類史に迫っているのである。「海外でも読まれてしかるべき」と本人が思ったのも、十分頷けるところだ。
これと「文明論之概略」とのちがいであるが、人智の発達が「文明」への到達の道という「文明論」の楽観主義に対するアンチ・テーゼが、この「民情一新」に打ち出されているといえるだろう。人類は「文明」の理想に向かうどころか、自己破滅の道を歩んでいるかもしれないことを、この書は示唆しているのである。
福沢にすれば、こうした考えは「文明化」に成功したかに見える欧米諸国の人に気づいてもらいたかったのかもしれない。だからこそ、英訳出版も考えたのだ。西欧には近代文明の根本問題に鋭く斬り込んだマルクスのような思想家がいたが、福沢がそれを知っていた気配はない。いずれにせよ、彼が展開した近代文明の危険についての洞察は、今になっても新鮮かつ驚異的なのである。
その後「文明国」が原爆をつくって敵国に投下し、脳手術をして鬱病を除去しようとし、遺伝子操作によって新人類を生み出そうなどとしていることを見たら、彼は何と言っただろう。人類はいまや科学技術を動かしているというより、動かされている。自分では止められなくなった科学技術の自動運動的発達が起こっている。それを見て、第二の「民情一新」を書いたのではなかろうか。
(つづく)
【大嶋 仁】<プロフィール>
大嶋 仁(おおしま・ひとし)
1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 1975年東京大学文学部倫理学科卒業 1980年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇にたった後、1995年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。関連記事
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