2024年04月26日( 金 )

『脊振の自然に魅せられて』(番外編)私とスキーとの出会い~最高のスポーツを楽しんで

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 今年もスキーシーズンがやってきた。私は学生時代に大山でスキーを経験し、それ以来、心のなかにずっとスキーへの情熱があった。
 サラリーマンだった22年前、福岡から広島に単身赴任をした。その時、取引先でカーショップの社長Mから「一緒にスキーをやりませんか」と誘われ、スキーを本格的に始めた。52歳の時である。

 後日突然、M社長がスキー板を担いで会社にきた。M社長は「私の使っていたスキー板です。これを使ってください。」と言ってくれた。以来、誘われるまま広島の地元の恐羅漢スキー場で練習をした。広島スノークラブにも入会し、いろいろな先生から教わった。

 大山スキー場、広島県民の森スキー場などでの、スノークラブの合宿にも幾度となく参加した。広島での単身赴任は4年間だったが、その内3年間はスキーを楽しんだ。
 広島在住時代、最後のスキーはM社長の仲間と北海道のニセコスキー場へ行った時だ。M社長からスキーに誘われたことを支店長に相談すると、支店長から「北海道に店舗はあるか?」と尋ねられた。当時、私はカーオーディオ販売における広島の責任者だった。私が「オートバックス、イエローハットなどがあります」と答えると、「よし、市場視察で稟議書を書け」ということになり、3泊4日の北海道スキーは会社の出張扱いとなった。いきな支店長だった。

 一次定年を迎え、福岡に戻ったので、天山スキー場(佐賀県)のシーズン券を購入し、週末のたびにゲレンデに向かった。58歳でスキー検定2級に合格し、「福岡スべロー会」に入会した。その後、1級を受験したのだが、1級の壁は高かった。何度受験しても不合格だったのだ。合格発表を見るたびに悔し涙が出た。スピードへの恐怖心、癖のある滑り方などが不合格の原因である。それでもあきらめずに何度も、何度もチャレンジし、ようやく69歳で1級合格。お情けで合格させてくれたのでは、と思うほどだった。
 人間というのは不思議なもので、1級をもらって自信がついたのか、滑りが少しうまくなったように感じる。
 福岡に戻ってからもMとは毎年、広島のスキー場で一緒に滑っている( Mとは同い年です)。

元オリンピック選手 村田愛里咲さんがやってきた

 私はスキー検定2級に合格した後、天山スキー場で、スクール申し込み者や修学旅行生などの指導を行っており、かれこれ5年が経つ。
 先日、スキークラブのメンバーから「12月22(土)、23(日)の2日間、九重ハイランドスキー場で『夜須高原スキーキャンプ in九重』が開催されるが、コーチが足りないので手伝ってください」という電話が入った。私は「誘われるうちが華」と思い快く引き受けた。
 夜須高原に集合し、公用車で九重スキー場へ移動。13時に開校式があった。「今日は、元オリンピック選手 村田愛里咲さんがきてくれました」とちびっこ達50数名に紹介した。彼女はバンクーバー五輪とソチ五輪に出場、バンクーバーオリンピック女子モーグルでは8位入賞している。
 九州出身者がスキーでオリンピックに出場したのは彼女が初めてである。また、彼女は北九州市若松区にある幼稚園の母園の先生でもある。小柄な女性で一般人と変わりない印象を受けた。

 初日は心配していた雨も上がり、午後からは日差しが強くなった。私は小学校3、4年生の初心者グループを受け持つことになった。
 人工芝のスキー場の経験がある子どもたちだったが、雪の上でスキー板をつけると転ぶ子が何人かいた。初心者指導では安全に滑るプルークボーゲン(以下プルーク)で指導する。何度も同じことを繰り返し行い、覚えてもらう。飽きさせない、褒めてあげる。適当に休憩して水分補給をさせる。怪我のないように指導するのが最も大切である。
 村田選手が私の受け持つグループにきてくれた。私は子どもたちに「元オリンピック選手の愛里咲おねえちゃんがきてくれたよ」と声をかけた。彼女はプルークで滑りを見せてくれ、子どもたちを指導してくれた。子どもたちに「上手」というなど、彼女は褒め上手だった。さすが幼稚園の先生である。

夜須高原スキーキャンプin九重に参加した子どもたち
前列中央が村田愛里咲さん。筆者は左端の白ヘルメット

先生、一緒にリフトへ乗ろう

 子どもたちも慣れてきて、私に心を開いてくれたようだ。滑り慣れてきて、トレイン(列車のように並んで滑る)でゲレンデでの滑りを楽しんだ。遅い子も何とかついてきた。「先生、一緒にリフトへ乗ろう」「楽しいです。もっと滑りたいです」などと言ってくれ指導冥利につきる。

 2日目は上級者コースにチャレンジさせた。子どもたちは冒険心があるので、何とかチャレンジさせたかった。気温が高く、雪の状態は良くなかったが、子どもたちは何とか滑り降りていた。上級コースは2度体験させた。
 小雨が降り出し、視界も悪いので早目に終了した。幸いなことに参加者全員怪我がなかった。
 子どもたちは「この次も来る」と言ってくれたが、今回限りというのが残念だ。
 2日間のスキーキャンプは疲れたが、子どもたちとスキーを楽しめた2日間だった(宿泊は大分県立・九重青少年の家)。

子どもたちを指導する村田愛里咲さん

2018年12月26日
脊振の自然を愛する会
代表 池田 友行

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