2024年04月20日( 土 )

【特別レポート】九電工関係者による傷害致死事件の真相を探る(4/完結編)~開成→東大卒弁護士による不自然な勾留理由開示請求

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昨年9月、長崎県五島列島の北端に浮かぶ小さな島で起きた傷害致死事件。加害者とされる男性が自首したにもかかわらずなぜかすぐに釈放され、いくつも不明な点が残されたまま捜査が進展している様子もない。遺族らはやりきれない気持ちを抱え、「疑い出したらきりがない。何を信じていいのかわからない」状態でほったらかしにされたままだ。現地マスコミがまったく報じない、不可解な事件の背景を追った。

既報 (1)(2)(3)

不自然な「勾留理由開示請求」

 Iは釈放された後に福岡市内の自宅に戻っているはずだが、今年1月に自宅を訪れた際は会うことができなかった。今回の事件でIの代理人を務めるT弁護士は「この件について、いっさいの取材をお断りする」と取材を拒否している。T弁護士は、東大合格者数日本一を誇る東京の私立開成高校から東大を出た若手エリート弁護士だが、趣味の釣りを楽しみたいがゆえにへき地勤務を好む変わり種だという。

 ある全国紙記者は語る。「第一報を聞いたときは単なる傷害致死事件だと気にとめていなかったんですが、Iの弁護人が勾留理由開示を請求したことを知って、おやっと思ったんです。知る限り、これまで長崎県内で勾留理由開示請求された事件はなかったですし、小さな島で起きた事件にしては不自然な感じでした」。

 勾留理由開示請求とは、刑事訴訟法82条に定められた被告人(被疑者)の権利で、「勾留されている被告人は、裁判所に勾留の理由の開示を請求することができる」とされている。憲法でも、「何人も正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば(中略)公開の法廷で示されなければならない」とされており、警察権力の恣意的運用を防ぐ意味でも、「自分がなぜ勾留されて取り調べを受けなければならないのか」の理由を知る権利は国民にとって非常に重要なものだ。

 しかし、実際の刑事弁護の実務で勾留理由開示請求が行われることはほとんどなく、福岡市内で開業するベテラン弁護士が、「(勾留理由開示請求は)勾留案件の0.6%しか申し立てされない」と話すほど珍しい手法だ。せっかくの被疑者の権利が使われない理由は、被疑者を勾留から解放するだけの効果がほとんどないからで、請求があったとしても勾留理由開示法廷で裁判官が勾留理由を読み上げるだけのセレモニーになる場合が多いという。

 もっとも、勾留理由開示請求は刑事弁護において「飛び道具的」(前出弁護士)に使われることもある。ただでさえ忙しい裁判所や検察に捜査資料の提供というよけいな作業をさせることで事務的足かせをはめる意味では「『できる弁護士がついたぞ』というアピールでもあり、検察側に『へんなことはできない』というプレッシャーを感じさせる効果はある」(前出弁護士)のだ。

 勾留理由開示請求は、一時的に被疑者を勾留状態から解放する効果もあり、直近の例でいえば、ニッサンのカルロス・ゴーン元会長の弁護人で東京地検の元特捜部長である大鶴基成弁護士は、勾留理由開示請求してゴーン氏を逮捕後初めて公の場に出させている。勾留されている被疑者を短い時間でも外に出し、自分の言葉で事件について語って注目を集めるという点では社会を騒がせた大事件について向いている手法といえるだろう。ただし、小さな島で起きた傷害致死事件で使われるべき手法かどうかという点では、「長崎県内の刑事事件ではほとんど聞いたことがないため、唐突な印象を受ける」(前出弁護士)のも確かだ。

心のケアもなく、ほったらかしにされる遺族

のどかな港町、宇久平の街並み

 勾留理由開示請求が功を奏したのか定かではないが、Iは当初「Nを殴ったのは間違いない」と自供していたにも関わらず、起訴猶予で釈放されている。つまり、人が亡くなり、その死について強い因果関係が疑われる行為をしたとみられる人物がいて一時はその行為を認めていたにも関わらず、Nさんの死について誰ひとりとして処罰されていないのだ。

 捜査担当者らはNさんの息子に対して「現状ではむこう(I側)が有利なので、証拠固めをするために起訴猶予で釈放した」「あくまでIの処分については保留であって、このままうやむやにすることはない。捜査を続ける」と話している。しかし、事件発生から5カ月が経過したいま、いったい何を捜査するというのか。小さな島で起きた事件だけに、関係者からの事情聴取や現場検証はすべて終えており、新たな事実が出てくることは考えにくい。1月に宇久島で取材した際にもとくに警察が捜査しているような場面は見当たらなかったため、長崎県警の言う「捜査を続けている」が何を指すのかは不明だ。

 Nさんの遺族らは長崎県警から紹介された犯罪被害者支援を担当する弁護士から、Nさんの死が殺人や傷害致死事件であった場合は民事訴訟でも加害者に責任をとらせることが可能である旨を伝えられている。仮にNさんの死について民事裁判でIの責任を問うとなると、通常であれば損害賠償の請求ということになるが、そうなると刑事裁判で使われた証拠が必須になるため、捜査が長引けば長引くほど遺族の心理的負担や経済的負担が長引くことになる。遺族は裁判で決着をつけることで一区切りつけたいと願っているが、それに対して長崎県警は「捜査を続けるのか、あるいは捜査をやめるのか」をあいまいにしたままだ。

 Nさんは離婚後に男手1つで息子さんを育てていた、シングルファーザーだった。いまは鳥栖市の自宅に1人、息子さんが暮らしている。

 「父の死について納得いかないことはたくさんあるが、疑い出したらきりがない。目撃者が少なくて口裏を合わせればどうとでも言えるわけで、何を信じていいのかわからない。すべてを信じることができず複雑です。父が倒れてすぐに救急車を呼んでいれば助かったかもしれない。もし助からなかったにしても、最期に少しだけでも話すことができたのではないか。なぜもっと早く病院に運んでくれなかったのか。それだけが悔しいです」(Nさんの息子)

 解剖を担当した医師によると、Nさんの遺体にアルコールはほとんど残っていなかったが、頭部の外傷のほか「踏みつけられた痕跡」が胸部や腹部に残っていたという。事件の唯一の目撃者であるMの携帯電話はいま、解約されてつながらない状態になっている。

【特別取材班】
(了)

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