2024年04月19日( 金 )

【ロシア現地紙を読む】政治圧力がつくるピンチとチャンス~アメリカの対ロシア経済制裁に付き合わされる日本

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 ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩総書記の会談が注目を集める中、何度も話題に上がっている「経済制裁」。軍事行動によらない政治圧力だが、アメリカ1国だけよりもEUや国連などと協調して行っていることが多い。

 アメリカの対ロシア経済制裁に対して、現地紙はどのように報じているのか。ロシアで経済情報を専門的に発信するビジネス・エフエムの記事「ルサールとEn+の制裁解除、しかし課題は残った」から読み解く。

 アメリカのロシアに対する経済制裁は、2016年ウクライナ騒乱への軍事介入が契機となり、その後、大統領選の直後から発覚したハッキングと「ロシア疑惑」の深化で強化と追加制裁が行われている。その内容は、アメリカ企業がプーチンやクレムリンに近しい官僚や経済人、彼らの関わる企業と取引することを禁止するというもの。
記事は、米当局が2018年4月に新たに制裁の対象に加えたロシアの富豪オレグ・デリパスカ氏が経営していた企業が制裁を解除されたと報じている。

Business FM

 記事によれば、3カ月の猶予を3度延長した同年12月、彼の企業のうち3社の問題が解消されたと発表された。2019年1月29日にはアルミニウムメジャーのルサールとその主要株主En+、さらにEn+傘下の電力大手ユーロシブエネルゴは実質的に国際的な経済活動を再開した。制裁リストから削除されるという対処は初めてのことだ。

 しかし、解除と引き換えにロシア政府は大きな不安を抱くことになった。
デリパスカ氏が所有株式を減らして経営から離れることだけでなく、コーポレート・ガバナンスの強化や透明性向上のためにアメリカ当局の監査を受け入れること、さらに取締役会の刷新までもが必要だったからだ。その結果、ロシア政府が自国有数の大企業の前途を不安視する事態になっている。現在のルサールとEn+グループ(ユーロシブエネルゴはその傘下)の取締役会の半分を「アメリカ当局が認めた」イギリス人とアメリカ人で占められるようになったというのがその理由だ。

 アメリカを最大の貿易相手国とするルサールもさることながら、En+の新しい取締役会の動向にはとくに注意が向けられている。アメリカ当局が同社に要求した解除条件として、事務所の登録地をタックスヘイブンとして知られる英国王室領ジャージー島から移転することが挙げられていた。これを受けて刷新前の取締役会はロシアのカリーニングラードに移転するという決定を下していたのだ。

 ロシア政府からすれば、アメリカ当局に「染められた」同社取締役会が決定通りに自国内へ移転するかどうか、気が気でない。
マクシム・オレシュキン経済開発大臣は、同記事のなかで、「このような企業はロシアの法律の下にあるべきだ」と語り、「我々はそのための条件を設定する」と取締役会をけん制している。

 同記事は、デリパスカ氏が現在もオーナーを務める自動車メーカー「ガズ社」の動向に注目するかたちで締めくくられている。

 経済制裁は、先述のように「行いやすい」政治圧力だが、制裁対象はどうしても限定的になる。グローバル経済になり一層多国間で相互に結びついているため、対象によっては自国の経済圏に不利益が生じるからだ。ロシアへの経済制裁も同様で、音頭を取ったアメリカとEUではその対象企業が微妙に異なっている。

 日本も無関係ではない。2月20日の日経新聞朝刊の1面を飾った「ロシアガス大手、三井物産などに出資要請」と題する記事で、ロシア第2位のガス大手ノヴァテクが三菱商事と三井物産に北極圏の液化天然ガス(LNG)事業への出資を打診していると報じられた。

 ノヴァテクは、アメリカ国内の金融機関との取引が禁止されている制裁対象企業だが、EUでは対象に入っていない。アメリカの対ロ制裁に詳しいみずほ総合研究所の金野雄吾上席主任エコノミストは、「(出資するなら)ユーロ建てが現実的」と述べる。

 ロシアとの平和条約締結および領土交渉に向けて経済交流をいっそう広げたい日本政府だが、アメリカに歩調を合わせなくてはいけないというジレンマも抱えている。外為法で定められた制裁対象を5団体に限定しており、日本の消極的な姿勢からも経済制裁の「実効性」がうかがい知れる。

 プーチンにとって経済制裁という嫌がらせは、チャンスでもある。資源依存型経済からの脱却はロシア政府長年の悲願。制裁を理由にして内需喚起やビジネス環境の整備など、経済改革に取り組んでいる。

 その中でも、IT人材の流出が課題だったロシアでスタートアップ支援が始まったことは日本でも関心を集めている。2018年11月には日本の総務省がモスクワで日ロスタートアップの交流会を開くなど経済交流事業としても行っており、日本側の参加者からは「ビジネスチャンスを模索できるいい機会」と好評だった。

 耳目を集める経済制裁だが、ピンチをチャンスに変えるのもリーダーの腕の見せ所だ。

【小栁 耕】

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