2024年03月29日( 金 )

【参院選2019】アリが巨象(虚像)を倒した日~『秋田モデル』が示す、安倍政権「終わりの始まり」

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ
当選を決めた寺田静氏(写真右から3人目〉

■政治経験ゼロの「子育て中の母親」に負けた巨大与党

 イージス・アショア配備が争点となった秋田選挙区(改選1)で、野党統一候補の寺田静氏(44)の当確が出たのは21日の午後9時25分ごろ。その瞬間、選挙事務所の支持者から「よくやった」「頑張った」という歓声と大きな拍手が沸き起こった。

 支持者に感謝の弁を述べた寺田氏は万歳三唱の後、5歳の長男とそろって花束を受け取り、すぐさま安倍政権と対峙する姿勢をあらわにした。

 安倍首相は選挙期間中に2度も秋田入りして応援演説を行った。「アリが巨象を打ち倒した勝因は何ですか」「イージス・アショア配備反対の民意が示されたと思いますか」と問うと、こう答えた。

 「何事も力でねじ伏せようとする今の政治はおかしいという県民の思いが集まった結果」「イージス・アショア反対の民意が示された。配備の阻止に全力を注ぐ」。

 「一強多弱」を謳歌してきた安倍政権の「終わりの始まり」を告げる奇跡的な勝利だった。県内3小選挙区と参院選2議席をすべて自民党が独占し、700以上の企業・団体からの推薦を受け、安倍首相をはじめ秋田生まれの菅官房長官や小泉進次郎・厚生労働部会長などの大物議員が続々と応援に駆けつける総力戦を展開したのに、政治家経験ゼロの子育て中の母親に打ち負かされてしまったのだ。

■「母親目線」「生活者目線」の勝利

 本命の県議が固辞したことで候補者選考が難航する中、2カ月間をかけて寺田氏を説得して自ら選対本部長を務めた石田寛・社民県連合代表は万歳三唱後の囲み取材で、「安倍政権打倒を目指す野党選挙協力のモデルになる」と力説しつつ、アリが巨象を倒した勝因を分析した。

 「『母親目線』『生活者目線』の勝利です。演説内容への指導はまったくなく、候補者に任せて思うところを訴えてもらいました。不登校経験や弟さんの死別などの生い立ちを語りながら弱者に寄り添うと強調、イージス・アショア配備についても自分自身の息子を含めて『秋田の子どもたちにイージス・アショアのある未来を引き継がせたくない』と母親目線で訴えたことが共感を呼んで、支持拡大の原動力になりました」

 「それに比べて安倍首相の応援演説はアベノミクス自画自賛ばかりで、秋田県民の心にはほとんど届かない。『安倍政権下で農産物輸出が増えた』と成果をアピールしていましたが、農家からは『民主党政権時代の戸別所得補償制度を復活してほしい。あの制度は良かった』という声が出ていますので、安倍首相の訴えが響かないのです」(石田氏)。

 しかも安倍首相と菅官房長官が2度も秋田入りしたことで、イージス・アショアへの関心がかえって高まったと石田氏は指摘する。参院選が秋田配備への賛否を問う県民投票(住民投票)のような様相を呈してきたというのだ。「(参院選で)私が負けたら秋田(県民)の理解を得たといって計画が進む」と寺田氏が訴えたのはこのためだ。

 石田氏はこう続けた。「しかも安倍首相は応援演説で、『秋田へのイージス・アショア配備は必要』と言い切った。中央ゴリ押しの秋田配備を食い止める『県民代表(オール秋田)候補』という期待感が寺田氏への追い風になった」。

 その分析結果は出口調査結果でも裏付けられている。寺田氏は野党支持を固めたうえに無党派層で自民党公認の中泉松司候補に大きく差をつけ、自公支持者の一部も切り崩していたのだ。翁長雄志・前沖縄県知事が「イデオロギーよりもアイデンティティー」を合言葉に辺野古新基地阻止を目指す幅広い政治勢力結集を呼びかけ、沖縄県知事選に勝利したのと同じともいえる。参院選秋田選挙区でも「中央 対 地方」「国策追随型候補 対 地域を守る草の根(オール秋田)候補」という構図が勝利していたのだ。

 「野党間の連携はするが、政党色を前面に出す必要はまったくない。3年前の参院選秋田選挙区は『与野党激突の構図』となって大敗したが、今回は安倍政治とは違う地域代表ということを強調した」(石田氏)。

■菅官房長官の故郷から上がった、安倍政権打倒の狼煙

 アリが巨象を倒した『秋田モデル』は今後の野党選挙協力のお手本になりそうだ。アベノミクス自画自賛と野党批判が二本柱の安倍首相の応援演説は、株高などの恩恵を受ける都市部や富裕層を除いた有権者の心には届かない。アピール材料(コンテンツ)に欠ける安倍政権は、いまや「オワコン(終わったコンテンツ)」状態ともいえる。立憲民主党の枝野幸男代表や、想定以上の2議席獲得をした「れいわ新選組」の山本太郎代表の演説のほうがはるかに聞き応えがあるのは当然のことなのだ。

 しかも安倍首相がイージス・アショア配備に固執したことで、トランプ大統領の米国製兵器爆買に「NO!」と言えない「安倍下僕外交(政治)」の実態が可視化されることにもなった。参院選後にトランプ大統領との農産物自由化に関する密約の内容が明らかになる可能性も高く、「米国益第一・日本国民二の次」の安倍政権の実態が知れ渡るのも確実だろう。

 『秋田モデル』をお手本にしながら、安倍政治の具体的弊害を「母親目線」「生活者目線」で訴えていれば、オセロゲームのように次期衆院選で自民党現職議員が野党統一候補に敗北することは十分に考えられる。野党統一候補が勝利した参院選1人区は、歴史的使命を終えた「上から目線」の安倍政治から、令和時代の「生活者目線」へ転換を求める民意の表出に違いないともいえる。

 選挙事務所の熱気は、当選確実が出た後もすぐに冷めることはなかった。寺田氏は支持者と勝利の喜びを分かち合い、選対本部長・石田氏も記者たちに、奇跡的勝利の意味合いについて熱く語り続けていた。「日本の政治は秋田から変わる」「安倍政権打倒の狼煙が秋田から上がった」という歴史的転換点に立ち会った気分になったのはこのためだ。

 支持者から「ジャンヌ・ダルク」との声もかかって当選した寺田参院議員が、イージス・アショア配備強行の安倍政権にどんな論戦を仕掛けていくのか。そして『秋田モデル』がどこまで広がり、安倍政権打倒の機運が高まっていくのかが注目される。

【ジャーナリスト/横田 一】

関連キーワード

関連記事