2024年04月18日( 木 )

「ソウルの真相」はマスメディアでは分からない

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 日韓関係が極端な対立期に突入した。「経済戦争」と韓国紙が煽り、日本メディアのソウル発記事も、韓国側に同調したものが少なくない。わざわざソウル特派員の記事を読まなくても、韓国紙の日本語版記事と大差ないのが現状である。ソウルの真相は、マスメディアでは分からない、とつくづく思う。ソウル発のフェイスブック記事が、よっぽど役に立つ。

 産経新聞の黒田勝弘は、その例外に属する。

 ソウル駐在30数年の大ベテラン記者だ。全斗煥政権時代から、この国の移ろいを定点観測してきた。今回の「非常時」には、彼のような視点が役に立つ。

 8月3日付けのコラム「ソウルからヨボセヨ」によると、彼がタクシーに乗ったところ、運転手から「スギノイ(杉乃井)を知っているか」と話しかけられた。運転手は「来月、夫婦で出かける予定なのだ」とウキウキしていたという。さもあらんと思う。韓国人に浸透した別府「杉乃井」の威力には感嘆するしかない。

 ソウルのテレビ番組は、幼稚園園児風の子どもに日本批判をしゃべらせていたそうだ。黒田は「こりゃまるで北朝鮮のテレビだ」と辛辣である。

 僕は「杉乃井」の話を読みながら、ソウル特派員時代(2000年代前期)の出来事を思い出していた。

 「杉乃井」は渡辺社長時代に、韓国人客誘致に乗り出した。その一環として、日本で最初にキムチを出したホテルになった。韓国人客が増えた。だが弊害があった。風呂で脱糞放尿する客がいたのである。ハングルで注意書きを出したら、「民族差別だ」との投書が韓国紙に舞い込み、杉乃井は紙面で叩かれた。別府から慌てて、ソウルに釈明に行った。当時、僕はソウル特派員だった。このニュースを韓国紙で読み、「韓国人の方が悪い」と同情した。

 杉乃井の生き残り策には、こういう苦労話があったのである。杉乃井の評判は地元ではイマイチだが、外国人客誘致の先鞭をつけたのは間違いない。まあ、20年ほどの昔の話だ。

 先日、僕は取材のため、別府の廉価ゲストハウスに泊まった。

 韓国からきた若者と同室になった。日本は五、六回目だという。だが、せっかく別府にきたのに「温泉は苦手なので入らない」という。韓国人客も多様化したなあ、と僕は苦笑した。彼によれば、ソウル―大分間のLCC往復料金は、1万円ほどだという。

 別府で見ていると、韓国人客が行く食堂は韓国・朝鮮人経営の所が少なくない。韓国の「反日」強化で来日客が減ると、こういう店が困るのではないか。

 韓国人も多種多様である。

 ソウルにいたころ、長渕剛の韓国ファンクラブ幹部と知り合った。彼のお爺ちゃんは、独立運動の闘士として顕彰された人物だという。「でもね」と彼が言った。「歴史を色々調べてみたら、日本の朝鮮支配は欧州によるアジア植民地支配ほど、酷くはないとわかった」。この説明で、自衛隊好きの薩摩隼人の歌手を彼が敬愛する理由が、よくわかったのである。

 ソウル発の記事は感心しないものが少なくない。上っ面をなでた記事が多く、ソウルの深層に届いていないのだ。

 朝日新聞は最近、文在寅大統領の対日批判の言葉を「盗人猛々しい」と翻訳して、ひんしゅくを買った。原語は「居直った」程度のニュアンスだ。すでに以前、この言葉の日本語訳が問題になったことがある。朝日は学習しないらしい。

<プロフィール>
下川 正晴(しもかわ・まさはる)

 1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短大教授(マスメディア、現代韓国論)を歴任。現在、著述業(コリア、台湾、近現代日本史、映画など)。最新作は『日本統治下の朝鮮シネマ群像~戦争と近代の同時代史』(弦書房)。

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