2024年03月29日( 金 )

【ネクスト(次世代)カンパニー】水産業でのプラットフォームビジネスに一生を賭ける(後)

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(株)ベンナーズ 代表取締役 井口 剛志 氏

リアルタイム売買を可能にしたPB「Marinity」

「Marinity」のイメージ画面

 同社が水産業に特化したプラットフォームとして開発したのがウェブシステム「Marinity(マリニティ)」だ。「Marinity」とは「Marine community」という海洋学の概念からとった井口代表の造語。「水産業に関わるすべての人を豊かにする」という思いが込められている。PBを運営していくうえで最も難しいのが、最初の会員獲得だが、大ベテラン役員の力を借り、スムーズなスタートが切れた。現在の卸売事業での取引先は、関東の回転寿司の全国チェーン店運営会社、瀬戸内沿岸や関西の漁連・漁協などがある。システム稼働時には、これらの取引先にも会員になってもらうことを想定している。

 Marinityは、2019年10月にテスト運用を開始予定。生産者が日々の水揚げ情報などのデータをシステム上にアップし、バイヤーはその情報を基に直接買い付けを行う。リアルタイムで情報の受発信や取り引きできるのがウリだ。漁業者がセリに上る前にすばやくデータ入力できるよう、シンプルなつくりになっており、PCはもちろん、スマートフォンでも入力できる。システム上での取引履歴や各種情報はすべて保存され、QRコード化できるので、トレーサビリティの確保にもつながる。全面的な運用開始は来年1月の予定。スマホアプリ開発も検討中だ。

 一般的な水産業の流通は、漁業者と小売店などのバイヤーの間には仲卸などいくつもの中間流通業者が介在するが、漁業者とバイヤーが直接売買することで、中間マージンが削減される。Marinityによって、「漁業者の収入が増え、バイヤーは安く魚を買えるようになる。バイヤーは朝2時に起きなくても、通信手段さえあれば、どこからでも必要な魚を買い付けることができる」などのメリットが生まれる。

 とはいえ、市場や仲卸に“ケンカを売る”つもりはない。「市場には物流センターとしての重要な役割がある。仲卸業者のなかには、加工・物流機能などちゃんと機能をもっている業者もいる」からだ。1本数千万円の値がつくマグロのセリの模様は、市場の風物詩にもなっている。ただ井口代表が許せないと思っているのは、「単なる中抜き業者」。「ある市場のセリの現場に行ったとき、値段を競うのではなく、同じ値段で分け合っているのを目撃した。これは『競り合い』ではなく『馴れ合い』だと思った。こういう市場、仲卸は漁業者から見捨てられ、廃れていくしかない」と手厳しい。

目標は今後10年で流通総額3,000億円

 現在のところ、卸売で実績をつくりつつ、システム営業のため全国各地を飛び回っている。クラウドファンディングの打ち合わせのための東京出張も少なくない。現在の従業員は事務員1名。「『ビンボー、ヒマなし』ですよ」と笑う。今後の目標は「今後10年で従業員300人、流通取り扱い金額3,000億円を達成する」こと。まずは九州、関西、関東、東北への進出戦略をもっている。魚食離れ対策にも取り組む予定だ。

 「たとえば、魚は離乳食に適している。そういった視点から新しい魚食を提案していきたい」と話す。具体的には、魚を扱う飲食店出店やプライベート商品開発などを計画している。持続可能な漁業実現のための「海のエコラベル」といわれるMSC認証取得の支援、漁業者育成の支援などにも手を伸ばしたい考えだ。

 海外展開も視野に入れる。近年は、中国など海外の購買力が高まったため、日本の水産業は圧倒されている。たとえば、購買力のある中国人がウニを買い占めるため、日本国内の流通量が減っている。海外の漁業者などから直接売買できるようになれば、日本の水産物流通の安定化につながる。その一方、「日本で獲れる良い魚を海外の人々にも届けたい」という個人的な思いもある。

 先の人生はまだ長いが、「水産業に一生を賭ける」と言い切る。井口家のDNAがそう言わせているのか、起業家魂なのかは定かではないが、「日本の水産業で最も頼りにされる会社に成長させたい」と目を輝かせる海外で研鑽を積んだ若者がここ福岡にいることは、なんとも心強い。ある経営者が言った「ビジネスを育てることは、人を育てること」という言葉を思い出した。PBによって、国際的に「1人負け状態」にある日本の水産業を救えるか。若者の力に素直に期待したい。

(了)
【大石 恭正】

<プロフィール>
井口 剛志(いのくち・つよし)

 1995年5月26日長崎生まれ福岡育ち。2011年4月大濠高校入学。12年3月同校中退。同年8月John Bapst Memorial High Schoolに編入留学。14年9月ボストン大学経営学部(Questrom School of Business)に進学。18年4月にベンナーズ創業。同年12月に大学を卒業。19年5月からFukuoka Growth Next(FGN)入居開始。趣味は釣りと温泉巡り。好きな言葉は、バスケット漫画『スラムダンク』の登場人物・安西先生の決まり文句「諦めたら、そこで試合終了ですよ」。

<COMPANY INFORMATION>
代 表:井口 剛志
所在地:福岡市中央区大名2-6-11
設 立:2018年4月
資本金:1,700万円
売上高:(19/10見込)2,500万円

<記者プロフィール>
大石 恭正(おおいし・やすまさ)

立教大学法学部を卒業後、業界紙記者などを経て、フリーランス・ライターとして活動中。1974年高知県生まれ。
Email:duabmira54@gmail.com

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