2024年04月23日( 火 )

「平成の大失敗」の歴史潮流は少なくとも、あと数十年は続く!(2)

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東京大学大学院情報学環教授 吉見 俊哉 氏

国立博物館で「世紀の大失敗」について解説付きの展示

 ――前回「部分の最適化は、必ずしも全体の最適化とは一致しない」ことを学びました。そのことは「平成の大失敗」を考えるうえでどのように重要になってきますか。

 吉見 とても重要です。先ず、このスウェーデンの17世紀の失敗には、どこか極めて現代的なところがあります。しかも、この「世紀の大失敗」について、スウェーデン政府は国立博物館(ある意味「失敗の博物館」として)で詳細な解説付きの展示を行い、世界の人々を迎えているのです。大失敗はどこの国にもあります。しかし、それを振り返り、真摯に反省することは、成熟した国家でないと実現できるものではありません。

日本では「大失敗」のプロセス展示など実現しそうもない

 自らの国の歴史的失敗を問い返すという視点はとても重要です。なぜならば、人々は成功からより、はるかに多くのことを失敗から学ぶからです。しかし、日本では、スウェーデンのように「大失敗」のプロセスを、国のミュージアムとして展示することなど、今のところ実現しそうもありません。たとえば軍艦の時代はとっくに終わっていたのに、海軍の総力をかけて建設された「軍艦大和」が類似の失敗例として想起されます。

 広島県呉市に「大和ミュージアム」があります。こちらも、博物館の吹き抜けの中央ホールに軍艦大和の10分の1の模型が置かれ、それを囲んで設計図や製造に関与した技術者の記録、艦上で戦死した兵士の遺品などが展示されています。見かけ上は類似しているように見えますが、そのコンセプトはヴァーサ号博物館とは正反対です。

 この博物館の展示は徹底して技術中心主義で、日本で造船技術がいかに習得され、軍都呉や広島で科学技術や兵器製造がどう発展していったかを振り返ることに終始します。最も重要な「なぜ大失敗をしたのか」については振り返っていません。そもそも、日本が突入したアジア太平洋戦争全体が、とんでもない大失敗だったのに、その失敗が見据えられていません。

 しかし、ここで、成熟社会・スウェーデンと未成熟社会・日本と決めつけてあきらめてしまうと日本の未来はなくなってしまいます。そこで、私は実際の建物としての「平成ミュージアム」(博物館)は実現できないにしても、1冊の本のなかで実現することを試みたのです。1989年から2019年までの「平成」の30年間は、一言でいえば「失われた30年」です。しかし、それぞれの組織や職場においては、人々は精一杯の努力をしていました。

 つまり、部分の最適化は必死でしていたにもかかわらず、30年もの長い間、結果的に失敗の連鎖から抜け出ることができませんでした。全体の最適化ができなかったのです。今、この原因を探ることが、私たち日本人にとって最も大事なことだと思っています。

戦後的なものが崩れても、なお戦後を残していた社会

 ――ところで、本書はちょうど10年前に出版された先生の著書『ポスト戦後社会』(岩波新書)の続編となっています。ここで、簡単に「ポスト戦後社会」から「平成時代」への橋渡しをお願いできますか。

 吉見 前著『ポスト戦後社会』で扱ったのは1970年前後から90年代前半までです。戦後の歴史、20世紀の歴史を考えた時に、1970年代は紛れもなく大きな転換点になっています。しかし、この70年代から80年代にかけて日本に起きた変化は緩やかでした。やがてバブルとその後の長期不況、深まる政治不信、高まる社会不安。列島が酔いしれた成長の夢の後、世界では冷戦構造が崩れゆく中で、日本の政治、経済、社会、文化が変容し崩壊しました。そして、日本は次第に周回遅れのランナーとなっていきました。

 日本にとって不幸だったのは、70年代以降(~90年代頃まで)欧米先進国が苦しんで新しい体制に転換を試みていた時に、日本経済は90年代前半までは、大きく落ち込むことがなかったので、この歴史潮流の深刻さに気づかなかったことです。すなわち、「ポスト戦後社会」では、戦後的なものが崩れていきながらも、なお戦後を残していたのです。

 平成時代に入ると、誰も目にも「戦後の崩壊」がはっきりしてきました。しかし、それ以降も、構造改革・行政改革ができていないことは、平成30年間を通して、世界73カ国のなかで、日本の経済成長率が最下位である事実が如実に物語っています。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
吉見俊哉(よしみ・しゅんや)

 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授兼東京大学出版会 理事長。同大学副学長、大学総合研究センター長などを歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割をはたす。2017年9月から2018年6月まで米国ハーバード大学客員教授。著書に『都市のドラマトゥルギー』、『博覧会の政治学』、『親米と反米』、『ポスト戦後社会』、『夢の原子力』、『「文系学部廃止」の衝撃』、『大予言「歴史の尺度」が示す未来』、『平成時代』など多数。

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