2024年04月18日( 木 )

ゆとり教育抜本見直しに命をかけた20年(7)

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進学塾「英進館」館長/国際教育学会理事/福岡商工会議所議員
筒井 勝美 氏 78歳

 新学習指導要領が実施された2002年(平成14年)の12月、文部科学省は小学5・6年生と中学1・2年生に対し、約1年前に行った学力調査の結果を発表した。この結果を1994~96年に行われた「教育課程実施状況調査」の結果と比較してみると、算数と数学の正答率がすべての学年で3~6ポイント下がっていて、子どもたちの学力低下を裏付ける結果となった。

 そこで「ゆとり教育抜本見直し」をそれぞれの立場から主張してきた筒井氏を含む3人が、04年(同16年)4月、日本の学校教育への最終警告として共同出版に踏み切った。

 本のタイトルは「どうする『理数力』崩壊」(PHP研究所)。子どもたちを「バカ」にし国を滅ぼす教育を許すな! という″過激″なサブタイトルがつけられた。共著のお2人は西村和雄・京都大学教授(当時)と松田良一・東京大学助教授(当時)。

 余談だが、本の著者名の最初が一私塾経営者の筒井氏になっていたため、出版前に「おこがましいので最後にしてほしい」と出版元にお願いしたという。すると業界の慣習で、共著の場合は五十音順か年齢順と決まっているとの返事。よく考えてみたら、五十音順は「た行」で一番早く、年齢も筒井氏のほうが西村氏より5歳、松田氏より11歳年上で、申し訳ない気もしたが受け入れたという。

 本のなかで、共著の2氏は次のように「ゆとり教育」の弊害を語っている。

【西村】
 学力問題に関心を持ち始めたのは、大学共通一次試験制度が導入された1980年代から。ある公立大学の経済学部で教えていたが、経済学に必須の数学ができない学生が多くなった。共通一次導入で文系では二次試験で数学を選択制にし始めたからだ。さらに90年からはセンター試験が始まり、一次試験でも数学を必修から外す大学が現れ、数学離れがいっそう進んだ。

 これほど学力低下が進んだのは、学校のカリキュラム削減だけでなく、大学入試制度にも問題がある。マスコミの人は学力低下の実態を取り上げてくれなかった。だから大学生の学力調査をやってそれを発表するしかないと思った。大学生は教育政策の被害者だ。

【松田】
 97年に東京大学に入学した学生を教養学部で教えた時に、まったく異質というか、非常に違和感を覚えた。この年に入学した学生たちは、ちょうど94年からの「ゆとり教育」を受けた最初の学年だった。理科に限ってみると、昔は高校で物理・化学・生物・地学が必修だったが、新しい学習指導要領だと4領域ではなく、2領域で良いということになった。

 このため97年入学組は「中学以来、生物あるいは物理をやっていない」という学生が入ってきたのだ。将来医学部に進学する学生もタンパク質、遺伝子、DNAといった言葉すら高校時代に目にしないで医者になろうとする者が4割もいた。

 筒井氏自身も「ゆとり教育」の具体的なことはあまり知らずに塾を始めたのだが、塾生に「頑張れよ」と声をかけると、「先生、そんなに頑張って勉強して努力するっていうのは、人を蹴落とすことと同じじゃないの?」と答えるのだ。それが1人や2人ではない。

 「一生懸命に努力することが誰かを蹴落とす悪いことだという感覚を、生徒たちがもっていることに本当に驚きました。まず学力低下以前に、子どもたちのやる気を削ぐ教育が行われていることに一番の懸念を感じました」と、筒井氏は文科省の誤った教育姿勢に怒りをぶつけた。

(つづく)
【本島 洋】

<プロフィール>
筒井 勝美(つつい・かつみ)

 1941年福岡市生まれ。63年、九州大学工学部卒業後、九州松下電器(株)に入社。1979年「九州英才学院」を設立。その後「英進館」と改称。英進館取締役会長のほか、現在公職として国際教育学会(ISE)理事、福岡商工会議所議員、(公社)全国学習塾協会相談役など。2018年に紺綬褒章受章。

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