2024年03月30日( 土 )

人生100年時代の未病医学 高齢者に無理な塩分制限、ダイエットは必要ない(中)

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名古屋学芸大学大学院 栄養科学研究科 教授 下方 浩史 氏

塩分制限は死亡リスクを高める

塩分摂取量の制限は死亡リスクが高まる!?
塩分摂取量の制限は死亡リスクが高まる!?

 フレイルを防ぐには食事が非常に大事になってきますが、たとえば、高齢者のなかには、医者から塩分を控えるように言われて食事が進まないという方がいます。

 WHOは、塩分の摂り過ぎは健康に悪いとして、1日5g以下の摂取を推奨していますが、本当にそれが必要かというと甚だ疑問です。というのも日本人の平均寿命は世界のトップクラスにありますが、塩分摂取量は欧米人より多いのです。塩分を多く摂っている日本人がなぜ長生きなのでしょうか。

 ランセット誌に18年に発表された、8万人超のデータをもとに、尿中のナトリウム排泄量と死亡もしくは心疾患発症リスクの関係を調べた研究によれば、最も死亡率が低い群は、塩を1日に12gほど摂取していた人たちでした。では、塩分制限が必要とされる高血圧の人はどうなのでしょうか。こちらは6万3,000人のデータですが、死亡率に限っていえばやはり12gほど摂っている人たちが、一番低いことがわかりました。つまり、塩分の摂取量を制限すると死亡リスクが高まるのです。

 ランセット誌に研究論文を投稿したカナダ・マクマスター大学の研究チームによると、1日のナトリウム(Na)摂取量の増加にともない収縮期血圧が上昇するものの、食塩小さじ2杯強(12.5g、Na 5g)以下の集団では心血管疾患リスクは上昇しないことが明らかになったといいます。多くの国はNa摂取量が1日3~5gで、減塩よりも食生活全般の改善が重要と指摘しています。

 世界のデータを見ても塩の摂取量が少ない国ほど健康寿命が短いことが、同様に18年のランセット誌に掲載されています。ただし、塩分の摂り過ぎは、胃がんや腎臓病のリスクを高めるという側面もありますので、単純に塩分を摂れば長生きできるとは言い切れませんが、最近の報告では、ナトリウムの摂取は1~5gまで、つまり食塩に換算すると2.5~12.5gまでならリスクにならないという結果が出ています。

 ですから、高齢者に減塩を強いて食欲が低下してしまえば、かえってフレイルのリスクを高めてしまうことになります。私は、高齢者に減塩を強いるのは間違いで、「減塩するとむしろ健康を害しますよ」と言いたい。もちろん塩をどんどん摂れとは言いませんが、食事をおいしく食べるためであれば、塩や醤油を使ってたくさん食べられるようにした方が良いのです。

 ただし、現実問題として、昨日まで「減塩しなさい」と言われてきた人に「今日から減塩しなくてもよいですよ」と言っても戸惑うだけです。最新のエビデンスが変わったからといって、それを実行に移すのはそう簡単ではありません。ここが難しいところです。

フレイル予防の見極めが難しい

 フレイルリスクはダイエットも同じです。高齢者になると、どうしてもお腹が出てきますが、無理にダイエットをする必要はありません。血糖値を下げるためといって痩せようとすると、かえってフレイルになり、健康寿命を短くしてしまいます。メタボ健診は74歳までが対象ですが、65歳を超えると老人健康診査の対象となりますので、65歳から75歳の間はどちらにも入るグレーゾーンだといえます。この時期の高齢者で、たとえば、BMIが25を少し超えた人に、血糖値が高めだといって保健指導で痩せることを指導する場合がありますが、高齢者は自然にお腹が出てくるので、あまり神経質になる必要はないのです。

 最近は実際の年齢と生理的な年齢に10歳くらいの開きがある方が多くなりました。保健指導の仕方も人によって、それぞれに変えることが必要なのです。

 このまま太っていると糖尿病や高血圧症のリスクが高くなると判断されて、ある人はダイエットが必要な場合があるかもしれませんし、逆に痩せることで、血糖値は下がってもフレイルになって健康寿命が短くなる場合もあります。

 どちらのリスクが高いのか、そこを判断することが難しいところです。こうだったらこうしなさいといったマニュアル的なものはありません。保健指導を行う栄養士や保健師の経験と知識が問われてくるのです。65歳から75歳の間はグレーな期間でもありますから、その人のライフスタイルや体力、バイタルデータなどを総合的に評価したうえで最も良い介入方法や改善策を選ぶことが必要なのです。未病医学を実践する我々にはその判断を見極める目を養うことが求められているのです。

 とくに栄養に関しては、栄養士が専門性を高めるべきだと考えています。実際に医療の現場で医師が細かいことを説明するのは不可能ですし、栄養学の教育を受けていない医師が多いので、もっと栄養士が対応すべきだと思いますが、病院栄養士はそう多くはありません。栄養管理の保険点数も低いですし、ましてや在宅患者に対する栄養指導などは、労働対価に見合わないような低い点数評価となっていますので、制度の見直しも必要でしょう。学会としても、この点を啓蒙していかなければならないと考えています。

 それと、フレイル対策については、歯科医療の現場でもオーラルフレイルの対策が進められているように、医療者が積極的に関与していかなければなりません。病名がつかない「未病」の状態でも、深刻な病態にならないようにすることも医療に課せられた大きなテーマなのです。

(つづく)
【取材・文・構成:吉村 敏】

 

<プロフィール>
下方 浩史(しもかた・ひろし)

1977年名古屋大学医学部卒業、医師免許取得、82年名古屋大学大学院博士課程満了(第3内科)、83年医学博士(名古屋大学)、日本内科学会認定内科医、老年病専門医、臨床栄養指導医。専門は老年医学、栄養疫学、予防医学。
名古屋大学医学部附属病院医員などを経て、86年より米国国立衛生研究所(NIH)、国立老化研究所(NIA)。90年より広島大学原爆放射能医学研究所の疫学・社会医学研究部門助教授を経て、96年より国立長寿医療研究センター疫学研究部長、予防開発部長。2013年4月から名古屋学芸大学大学院教授、14年4月から研究所長。

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