2024年04月25日( 木 )

【凡学一生のやさしい法律学】憲法改正について(3)

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司法権の腐敗は憲法の規定に起因する

 法規範としては同等という極めて当然の定理が、実は、訴訟法自身によって、否定されています。つまり、「単なる法律違反」は憲法違反だけを上告理由とする現在の上告法によって、上告が否定(法律用語では棄却)されています。

 これもまた、憲法が法律より上位だとする前述の一面の合理にすぎない部分を過大に拡大解釈した誤解の結果です(厳密にいえば、上告法は単に憲法違反を理由とすることを要件としているのみで、上告法に「単なる法律違反の主張を排斥する文言」は存在しません。「単なる法律違反」を憲法違反の主張ではない、とするのは裁判官の「単なる」解釈です。いわゆる判例法です)。

 これは、「単なる法律違反であって憲法違反ではない」という法命題が真か偽かを論理式の1つである「包含関係」で考えれば簡単に決着できます。この論理式は大円のなかに包含される小円の関係(ベン図)で視覚化されており、高校生の数学科目で広く国民の理解するところです。

 つまり、憲法違反という概念領域の射程範囲と法律違反という概念領域の包含関係を大円と小円の交差関係、包含関係で考察すれば良いのです。「憲法に違反する法律は存在しない」ことと、「法律に違反する憲法という論理思考方向は存在しない」ことから、憲法違反の概念領域が法律違反の概念領域より大であること、つまり、大円となります。これは論理的に法律違反は憲法違反に含まれる、つまり、法律違反は必ず憲法違反になることを意味します。つまり、最高裁の上告排除(棄却)論理は完全に論理的には偽の命題です。

 具体的例を示します。スピード違反で検挙された被告人が、レーダードップラー速度測定器の非科学性を主張立証して上告すると、最高裁は、それは単に道路交通法という法律違反の主張であって、憲法違反の主張ではない、と上告棄却します。被告人は、憲法違反の理由として、誤った刑事手続きで有罪の判決をすることは、憲法第31条の適正手続条項違反だと主張し、さらには、科学的に不正な技術・論理で違反速度を認定したことによって、罰金刑を科すことは、不当な財産の剥奪であり、財産権の保障規定である憲法第29条違反だと主張します。

 これらの被告人の主張は恣意的に無視され、それらは憲法違反の問題ではない、と排斥するのが現実の最高裁の論理です。最高裁の判決にはなぜ、被告人の上告理由が憲法違反の主張にならないかの「理由」は付記されておらず、裁判には理由を付記しなければならないという訴訟法の大原則にも明白に違反しています。

 この独善の解釈によって、多数の上告事件が事実上、最高裁の恣意的判断によって、棄却されています。つまり、最高裁が、憲法問題・憲法違反だと認定したものだけが、上告審で審理される仕組です。これは、最高裁が憲法判断の終審裁判所であるとしても、恣意的に理由も付さず、棄却してよいという意味まではありませんから、明白な違法裁判行為と断言できます。この違法裁判を防止抑制する方法手段が国民にはありません。結局、主権者国民の憲法判断権、一般市民の憲法・法律判断権は完全に否定されています。

 あと1つ、憲法と法律が規範としては対等という意味で、逆に、実際に国民を苦しめている事実があります。それが前述した裁判官の自由心証権(訴訟法)と適正手続条項(憲法第31条)の実質的な衝突・矛盾です。

(つづく)

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