2024年04月19日( 金 )

【医療と地域活性化】量子医療を地域経済浮揚の柱へ~佐賀県鳥栖市

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■がん治療で量子医療は次世代のエース

原子炉に依存しない中性子を発生する小型加速器の開発に成功した産総研の九州センター=鳥栖市宿町
原子炉に依存しない中性子を発生する小型加速器の開発に成功した産総研の九州センター=鳥栖市宿町

 「量子医療」という次世代放射線医療の支援を通じて地域振興を目指す『量子医療推進機構』が昨年10月、佐賀県鳥栖市に設立された。2月2日にはJR鳥栖駅近くで、量子医療の最前線で活躍する研究者や臨床医を招いた設立記念講演会を開いて近未来の医療を発信する。

 九州を縦横に走る高速道が交差する鳥栖市。地の利を生かし物流拠点都市になった。しかし最近は、福岡市が都市高速の延伸や博多港の拡張で物流拠点の座を奪い始めたという。

 それでも経済基盤が弱い佐賀県にとって、鳥栖市は貴重な“持ち駒”。同推進機構の設立を呼び掛けた、佐賀県地域産業支援センターの石橋正彦・副理事長はこう話す。

 「がん治療分野で、量子医療はAI(人工知能)とともに次世代のエース。鳥栖市には国の産業技術開発拠点の産総研(産業技術開発総合研究所)、重粒子線のがん治療施設、シンクロトン光(電磁波)の研究所が立地する。この3施設を連携させて地域振興、地域経済の浮揚につなげたい」。

 鳥栖市の産総研九州センターは、佐賀県唯一の国関係ブロック出先機関。薬事法の改正で医療機器の開発が医薬品と並んで国の戦略プロジェクトになり、産業機器の医療転用が容易になった。

 ところが、産総研(経産省)は産業支援、医療支援は厚労省というタテ割り行政の弊害が残る。推進機構設立の背景には、省庁間の垣根を越えて、工業技術を医療に生かす”媒介”の役回りもある。

■最先端の夢のがん治療で「液体のり」とのコラボも

 国の量子医療を担う「量子科学技術研究開発機構(量研機構)」は、放射線医学総合研究所(放医研)と日本原子力開発機構の量子ビーム部門や核融合部門を再編、統合して16年4月、千葉市に誕生。当面の目標を”量子メス”の開発に置く。

 がん治療に用いられる重粒子線治療装置は小型化の歴史を歩む。放医研が1994年に開発した装置は長辺120m、短辺65mの空間が必要だった。ほぼ3分の1に縮小したのが群馬大学付属病院の装置。鳥栖市の九州国際重量子線がん治療センターの装置は群馬大モデルだ。

 量子メスは長辺20m、短辺10mまで小型化し一般病院に普及させるという。その過程では技術や機器の開発を迫られる。重粒子線など放射線を使うがん治療は、放射性同位元素(アイソトープ)をがんが集まる薬剤に組み込み体内に投与し、体外から放射線でがんを狙い撃つ。このため投与する薬剤の開発も重要になる。

 産総研九州センターの坂本満・上席コーディネーターは「私たちは量子メスの先にある中性子医療や核医療(核医学)を支援する」と明かす。放射線のひとつ、中性子線によるがん治療は、現在の放射線治療で効果が望めない希少がんや難治性がんを克服できる“夢のがん治療”とされる。

 中性子はホウ素に強く反応する、この特徴を利用してホウ素薬剤を体内に投与してがん細胞を集め、体外から中性子線を照射してがんを治療する。日本発の「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」と呼ばれる治療法で臨床研究の段階に入っている。

 東京工業大学の研究グループが、「液体のり」の主成分をホウ素薬剤に加えてマウスに投与、マウスの皮下腫瘍をほぼ消滅に近い状態にして話題になったのはBNCTだ。

 BNCTは中性子発生に原子炉が必要なため、国内での実施は京都大学の研究炉に限られていた。産総研は、中性子発生が可能な小型電子加速器の開発に成功。原子炉に頼らない中性子医療の臨床応用への道が大きく拓けた。

 「原子炉と小型加速器ではコストが段違い。最終処分場も要らない」と坂本氏。小型加速器による中性子医療の新たな展開図を描く。

■久留米大は独自開発ワクチンによる免疫療法を推進

重粒子線がん治療施設でトップの患者治療数を誇る九州国際重粒子線がん治療センター=鳥栖市原古賀町
重粒子線がん治療施設でトップの患者治療数を誇る九州国際重粒子線がん治療センター=鳥栖市原古賀町

 鳥栖市と隣接する久留米市には、がんの早期発見に使われるPET(陽子線放出断層撮影)検査装置を導入した久留米大病院など3つの病院がある。坂本氏は「鳥栖・久留米地域のPET装置台数は、人口比でみると、恐らく全国のトップクラス」と指摘。PET検査用の放射性薬剤を例示して、「たとえば、地場の製薬会社ががん検出の薬剤開発に乗り出す可能性もある」と話す。

 重粒子線を使い、がん治療を実践する九州国際重粒子線がん治療センターの存在は大きい。18年度の患者治療数は958人。全国の重粒子線がん治療施設6カ所のトップ。同センターを運営する佐賀県重粒子線がん治療財団の中川原章理事長は小児がん研究の権威として知られ、推進機構の本格稼働後は“キーパーソン”になるとみられる。

 久留米大学では独自開発したワクチンによるがんの免疫療法を重点的に推進しており、坂本氏は「免疫療法と放射線療法は相性が良い」と連携への意欲を隠さない。

 量子医療を地域経済の浮揚や地域振興に結び付けるユニークな試みが、どう転んでいくか。推進機構から目が離せない。

【筑紫次郎】

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