2024年03月29日( 金 )

北九州発・秘密基地から始まるソーシャル・イノベーション(後)

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コワーキングスペース秘密基地
代表 岡 秀樹 氏
フィールド・フロー(株)
代表取締役 渋谷 健 氏

 北九州中心部の小倉・京町にある「コワーキングスペース秘密基地(以下、秘密基地)」の代表を務める岡秀樹氏と、秘密基地の立ち上げ当時から深い関わりをもつフィールド・フロー(株)代表取締役の渋谷健氏。「これからは“社会システムのリデザイン”が必要」という共通認識をもつ2人に今回、「北九州発のソーシャル・イノベーション」をテーマに語り合ってもらった。まちづくりの最前線で活躍する両氏が、それぞれの活動を通じて社会に提言するイノベーションとは―。

北九州発の観光地経営モデル

 ――岡さんが代表を務める(一社)まちはチームだは、小倉城の指定管理者である北九州まちづくりマネジメントチーム共同事業体の構成企業の1社となりましたが、どのような役割を担っているのでしょうか。

 岡 戦略担当として、おもてなし拠点「しろテラス」を含めた小倉城を一大観光地にする仕掛けを行っています。たとえば、小倉城には台湾からも多くの観光客が訪れるのですが、台湾最大級の共通ポイントプログラム「HAPPY GO」のポイントを、NTTドコモの「dポイント」と交換して日本国内で使用できるようになります。

 その消費に関わるデータを抽出することで、「データドリブンマネジメント」を活用し、お土産で年商1億円を目指します。1月24日には、北九州市と(株)NTTドコモが連携協定を結びましたが、これから本格スタートする「第5世代移動通信システム(5G)」は、モノづくり産業にとって大きなインパクトを与えます。

 渋谷 データドリブンマネジメントは元々医学領域で使われている言葉ですが、データに基づいて意思決定することは、すでに当たり前になってきています。そして重要なことはデータを得るだけではなく、データ活用によるビジネスの実践にあります。

 岡 その点では、北九州空港における台湾便の高い搭乗率というデータを生かし、人気の小倉城を含んだルートで観光客を呼び寄せ、観光インパクトをもたらします。台湾の旅行代理店への魅力的な提案を積極的に行うことで、入込観光客数10万人増を見込んでいます。

 渋谷 アジアに近く、訪問・長期滞在の入り口になり得る九州は、インバウンド戦略の要となり得ます。当然ながら、受け入れる側のおもてなし環境の整備が重要です。インバウンドは数以上に質―いわゆる富裕層をつかむことが、戦略上重要になります。富裕層は消費額が大きい、というだけでなく、社会的影響力が強い経営者などだったりするので、観光から産業交流へと発展しやすいからです。また、その影響力から、一般層へとすそ野を広げることもできるからです。

 岡 小倉城でも、おもてなし規格認証との相乗効果を実証するためのチャレンジがすでに始まっています。

 たとえば、観光の在り方を変えていきます。今まで観光地は“待ち”の姿勢でした。観光客が何を楽しむかは、観光客に委ねられていたのです。しかし、「おもてなしをする地域側が何を提案するか」――これからはこの部分が重要になります。そして観光客との継続的な関係性を築くために、観光客が体験できるコミュニティがあり、そことつながるための仕組み・技術を提供することが必要となります。コミュニティ形成の部分でおもてなし規格認証の制度を、仕組み・技術の部分でdポイントのデータ抽出を活用するところから始めていきます。

 今後は、こうした動きを北九州地域内の観光の要所に展開し、地域全体を包括的につないで動けるDMO(※2)のような役割を担っていきたいと思います。

※2 DMO:「Destination Management/Marketing Organization」の略称で、観光物件、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など観光資源に精通し、地域と協同して観光地域づくりを行う法人のこと。観光庁でも2015年に、「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役としての役割をはたす「日本版DMO」を全国各地域において形成・確立し、これを核とした観光地域づくりの取り組みを始めた。

チャレンジからつながるイノベーション

 ――社会的利益と経済的利益は、両立できると考えていますか。

 渋谷 そもそも「経済」とは「経世済民」の略語であり、「世の中を治め、人民を救う」という意味です。社会に生きる人々の生活環境を良くするために行う生産活動が「経済」ですから、社会課題の解決と企業の利益獲得を両立させることはとても重要ですし、当然のことです。

 岡 「社会」「経済」と、パーツで考えると意識できないものも、相対的に見るとつながっています。スタートアップも同じで、技術だけでなく理念をもつことで、大きな利益が生まれます。理念とは経営者としての覚悟であり、経営をする目的です。要するに“腹決め感”の問題で、本当に振り切って理念を確立していれば、どんな困難のなかでも動けるものなのです。

 渋谷 一方で、実際に複雑化した現代社会で困難に立ち向かっていくためには、幅広い知識を身に付け、汎用的な思考力を養っていく「リベラル・アーツ」が重要になります。経営者には社会における自社の存在意義を理解し、社会価値基準で必要な施策を実践し続ける知恵が求められるのです。

 岡 社会価値が増えるからチャンスが増えていき、デザインして、つながっていくだけで活用できるヒト・モノ・コトが増える――いろいろなものにつながることで、イノベーションにつながり、成長につながっていきます。そうした長期視点で経営をしていかないと、ジリ貧になってしまいます。1対1で儲けるのでなく、多様な関わりから新たな価値を“かけ算”で生み出せることを理解し、実践する経営戦略が必要です。それは、秘密基地がこれまで築いてきたものであり、小倉城でのチャレンジです。これらのチャレンジで、次の世代につながる価値を築いていきたいと思います。

(了)
【松本 悠子】

小倉城

小倉城

 小倉城天守閣は2019年3月にリニューアル。夜間の天守閣を特別に開城する『小倉城ナイトキャッスル』や、小倉城を貸し切る『ユニークベニュー』など多くの人々に小倉城の魅力を楽しんでもらうため、斬新な取り組みを行う。そして、これからスタートする5Gで「一大観光地」を目指す。
小倉城ユニークベニュー事務局 : (一社)まちはチームだ
小倉城HP

<プロフィール>
岡 秀樹(おか・ひでき)

 1976年、北九州出身。豊橋技術科学大学卒業後、ロンドンのAAスクールへ留学。2003年に帰郷し、14年にコワーキングスペース「秘密基地」(運営会社:(株)HOA)を開設。16年3月に(一社)まちはチームだを設立した。現在、起業家向けに実践的ビジネスプランニングとデジタルマーケティングの技術を学ぶ「ビジネスブートストラップ講座」など、精力的な活動を行っている。

<プロフィール>
渋谷 健(しぶや・たけし)

 外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー、国内大手企業経営戦略室を経て2014年にフィールド・フロー(株)を設立。「事業に脚本を」をコンセプトに、戦略立案からシステム開発や人財育成までを総合的に提供するオープン・イノベーション実践活動を全国展開。経済産業省・農林水産省などの政策事業、北九州市・宮崎県などの地方創生事業、大企業・金融・ベンチャーなどの民間事業に、プロの事業プロデューサー/ファシリテーターとして関わる。

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