2024年04月26日( 金 )

【働き方改革はブラック企業を漂白できるか】「何を言うか」より「何をしたか」で評価される企業へ(後)

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ブラック企業アナリスト 新田 龍 氏

 経営者や上司が自らの立場を利用し、地位や人間関係で立場の弱い従業員や部下に対して精神的・身体的な苦痛を与えることが日常的に行われている会社―これらは俗に「ブラック企業」と呼ばれる。その一方で、あり得ない主張や批判を繰り返して職場に迷惑をかけ、業務のスムーズな進行を妨げる「ブラック社員(モンスター社員)」も問題視されるようになってきた。「ブラック企業アナリスト」として双方の事情に詳しい新田龍氏に、双方のブラックたる所以について聞いた。

【聞き手:長谷川 大輔】

「ブラック社員」とは~中小企業にとっての注意点

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 「ブラック社員」についてはまだ決まった定義はありませんが、「会社に不平不満をもち、他者にネガティブな情報を吹聴し、労働者の権利のみを主張し、組織を混乱させる悪質な存在」と認識されています。多様なタイプがいますが、大まかには3つに分けられます【図Ⅳ】。昨今は①「入社後あばれる型」が、単体ではなく悪意あるユニオンや労働弁護士と一緒に乗り込んできて、団体交渉と称する恫喝によって高額な和解金をせしめるビジネスが行われるケースがあります。

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 中小企業におけるブラック社員の扱いについての注意点は、前提としてそもそもブラック社員を採用しないことが先決です。選考時には【図Ⅴ】の「STAR」に沿って掘り下げた質問をし、「本当に経験していなければ語れない事実」「事象における思考パターン・行動パターン」を確認することで、能力不足の者を採用するリスクは防げます。

 さらには、前職の退職理由や不満理由が自社にも通底していないかなども詳しく確認し、労務提供に関して必要な質問をすべて聞いたうえで、労務提供において大事な職務経歴を詐称したり、信頼関係を破綻させるような嘘をついたような場合には内定取消ができるよう、就業規則にその旨を定めた規定を入れておくとよいでしょう。それでも心配な場合は、念のため契約社員として採用して試用期間を延長するとともに、問題がなければ初めて正社員登用するなどのルールにしておくことをお勧めします。

 それでもブラック社員を採用してしまった場合ですが、労務管理を確実に行い、残業代未払などの違反行為がないようにしておくことが最も重要です。そして普段のコミュニケーションにおいては、決してハラスメント的にならず、噛んで含めるような丁寧な対応を心がける必要があります。

 「すべてのメールや会話は記録・録音されているもの」と心しておくことと、万が一外部に流出したとしても、胸を張って「正当な指導の一環である」と説明できるような内容にしておくことが大切です。

 万が一に備え、就業規則を整備しておくことも必要でしょう。サボって仕事をしない者、遅刻や無断欠勤などの問題行動を繰り返す従業員に対しては、懲戒処分を繰り返して地道に退職勧奨していくしかありません。その処分を適正に行うためにも、「どんなことをしたら懲戒処分になるのか」という定義を就業規則に定めておかねばなりません。

それでもブラック企業にならざるを得ない…経営者の悩み

 「有能人材を確保できるのは大手有名企業だけ。地方の無名零細企業なんて、誰も見向きもしない」とお考えでしょうか。確かに、就職にまつわる情報が不透明な時代にはそのようなことがあったかも知れませんが、幸いにも現在は、戦い方次第では地方の中小企業でも、大手企業に伍していける時代になっています。

 有能な人材から選ばれる企業とは、決して会社の規模や知名度、給与水準が優れたところだけではありません。「業績好調」で「尊敬・信頼できる経営者」がおり、「友人に勧めたくなる会社」であれば、たとえ小規模でも、地方にあっても、少々給与水準が低かろうが、実際に選ばれているのです。

 逆にいえば、顧客の理不尽な要求でも残業でカバーして何とか乗り切り、罵声と根性論で人を管理し、法律に違反してでも自社の利益を追求するような会社は、もはや誰からも選ばれなくなる時代になりつつあります。会社が求職者を「採用してやる」のではなく、働き方改革を推進して良い会社になり、有能な人材に「選んでもらう」ことを志向しなくてはなりません。

 残念ながら、「働き方改革」や「ワーク・ライフ・バランス」といった言葉はまだまだ広く誤解されており、最初のボタンの掛け違えが「不幸な働き方改革推進によるブラック化」につながってしまうケースもあります。一方で、それらの本質を踏まえて実践できている企業は、就職希望者や市場から選ばれています。よくある誤解と正しい解釈を対比してみましょう。

働き方改革とは…
×:残業を減らして従業員をもっと休ませる「福利厚生の一種」
○:不採算ビジネスや不合理な仕組みを根本から改め、儲かる強靭な体質に変革する「攻めの経営戦略」

ワーク・ライフ・バランスとは…
×:忙しくても定時になったら帰らせる「従業員を甘やかすような取り組み」
○:これまで残業前提でダラダラやっていた仕事を、定時までに絶対やり切る「高密度な働き方」

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 働き方改革において「残業削減」や「休日増」ばかりが注目されるあまり、経営者が現場に対して「残業するな!」「もっと有休を取れ!」「生産性を上げろ!」と号令をかけるだけで、根本的な業務量や仕組みは何1つ変わっておらず、結局シワ寄せは全部現場に来るなどという不満をよく聞きます。

 しかし、実際に選ばれ、人が定着する会社は「何を言っているか」よりも「何を成し遂げたか」で判断されているのです。すなわち、働き方改革においてやるべきことは、儲からないビジネスを見直し、「何事も残業でカバーする」という悪習を止め、仕事を棚卸しして「無駄」「無理」「ムラ」をなくし、「短時間で効率的に仕事をこなせる人」や「効率化や人材育成に貢献した人」を正当に評価する、といったかたちで、働く人のマインドと制度双方にメスを入れて改善していく「根本治療」なのです。

 「労基法なんてまともに守っていたら潰れる!」と愚痴るよりも、「ウチの会社が求職者や顧客、地域社会から選ばれ、応援される存在になるにはどうしたらいいのか?」と考え、改革へ一歩踏み出す勇気をもつことをお勧めします。

(了)

<プロフィール>
新田 龍 新田 龍(にった・りょう)

 1976年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、複数の上場企業において事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年「働き方改革総合研究所(株)」設立。働き方改革推進による労働環境とレピュテーション改善、およびブラック企業やブラック社員など、悪意ある取引先や従業員に起因するトラブル解決を手がける。また、厚生労働省プロジェクト推進委員として政策提言を行うとともに、各種メディアで労働問題、ブラック企業問題に関するコメンテーターとしても活動。「ワタミの失敗」(KADOKAWA)ほか著書多数。

(中)

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