2024年03月29日( 金 )

【シリーズ】生と死の境目における覚悟~第4章・老夫婦の壮絶な癌との闘い(5)

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最後は自分の気力あるのみ~勘違いラブレターに関する妻の感想

 リハビリ病棟に入院している由紀(仮名)に電話で状況を聞いたが、話をするのもやっとという感じである。まずは息が切れるので声が途切れる。彼女は相手が聞きづらそうにしていて、こちらから話すのが億劫になるので電話をしない、取らないようにしているとか。

 しかし、「勘違いのラブレター」の話になると笑いながら声に力がこもるようになった。「馬鹿な人だね。自分が長生きすると勘違いしていたなんて。生に対する執念はこちらのほうが強いはずなのに」と弾んだ声で語った。

 ラブレターに関しては「『褒めてくれてありがとう』という感謝の一言しかない。私の芯の強さを称えてくれたことが嬉しいし、久人の家庭を守るという一徹さには頭が下がる。本当に家族のために身を粉にして働いてくれた。だから子どもたちも問題なく育ってくれたし、私も60才から癌との闘いが続いたが、海外旅行などを楽しむことができた。あの人の苦労のおかげよ」と話す。そして「どう考えても私が残った方が久人にとっては幸せだった」と付け足した。

 さらに由紀は「最後の1年間は癌とのすさまじい闘いだったわ。お互い身体がきつく、寝込むことが増えたが、役割分担して生活してきた。2人で一人前という状態だったけれど、支え合って生きられたことは夫婦生活において最良の時間だった。充実した時を過ごせたと満足できました」とまったく後悔した様子はない。本当にうらやましい夫婦である。

煙草が決定的、生死のわかれ目

 勘違いのラブレターのなかでも由紀の癌との闘いは22年前から始まったと記されている。久人の場合、本格的な闘病生活は76歳の時の肺癌および胃癌の手術の時からで、わずか5年の闘病生活だった。それなのに、なぜ抵抗力が弱かったのか?由紀の回答は明快で「煙草により肺のなかがボロボロで、機能不全状態に陥っていた」ということだった。

 警告!愛煙家諸君、久人は60才で煙をやめた。喫煙していた時でも1日20本しか吸っていなかった。人間は呼吸困難になればアウトになる。健康な時はわからないが、病気になって初めて肺活動の重要性を知ることとなる。タバコの害が蓄積されると、ここ一番で肺が粘れなくなる。腹水になれば寿命わずかとなるが、肺に水が溜まった場合も同様で、末期には久人にも同じ病状が出た。

 筆者の友人にヘビースモーカーがいた。「禁煙したら」と忠告したら「喫煙こそは我が命」と耳を貸さなかった。66歳の時、息が苦しくなって禁煙したのだが、時すでに遅し。肺気腫と診断された。

 最終局面においては酸素ボンベを背負っての生活を強いられた。10m歩くのに1分かかった状態で過ごし、70歳の時に亡くなった。

生への執着力ですべてが決まる

 由紀は両肺を手術した。すると切断した場所に空白ができる。そうなると胃が上にあがってくるようになり、横隔膜を圧迫、ヘルニアになってしまう。この圧迫による痛みを和らげるためにヘルニア修復術を行った。「体内は複雑かつ微妙なバランスのうえで成り立っていてこそ支障なく機能が発揮される。どこか1カ所に変調をきたすと、連鎖して次から次に欠陥がでてくることを身に染みるほど体験した」と由紀は語る。

 アドバイスするとしたら「引き返すことができないような病状の悪化を食い止めるため定期的な健診が必要」ということである。加えること「生への執着力の重要性」を説く。

 現在、由紀が入院している病棟の5階には41名の患者がいる。脳梗塞などにより意識不明の植物状態患者が約30%、意識はまだしっかりしているが、寝たきり状態の人たちが約40%いるようだ。残りの患者は頑張れば杖を突いて自力で歩くことが可能なのだが、あきらめてしまい、その努力を怠っている。だから徐々に寝たきりになってしまう傾向にあるとか。

 由紀は「ここで”くたばってたまるか“と毎日、呪文のように唱えている」と生への執着の重要性について強調する。

 由紀は毎日、杖を突き、廊下を歩くというリハビリを1人で行っている。どうにか1人歩きできるのは5階では由紀のみとか。「一度、ベッドに倒れたら、そのまま寝たきりになるだろう。自力で歩くことへの執念を失ったらおしまいよ」と自分に言い聞かせている。

 由紀自身に「やり残したことは何か?」と尋ねたところ、「最期は息子2人と一晩中、語り明かすことだわ」と答えた。その言葉から子どもたちを精一杯育て上げてきたという自負が伝わってくる。余命1年は間違いなくクリアするだろう。

(了)
【青木 悦子】

※登場人物は全て仮名です

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