2024年04月19日( 金 )

【福岡】「なでしこ」目指して父娘で大阪へ~サッカー少女の夢と「覚悟」

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糸島市のサッカーチーム、ZYG FCに所属する楢崎綾香さん
糸島市のサッカーチーム、ZYG FCに所属する楢崎綾香さん

■Jの名門、セレッソ大阪の下部組織へ

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、突然、長い休みを手に入れた小学生たち。福岡市近郊の粕屋町で暮らすある少女は、臨時休校に少し浮かれる友人たちを横目に、春から始まる新しい生活と自分で決めた大きな「挑戦」に思いをめぐらせている。

 楢崎綾香さんは、12歳にして競技歴すでに8年の生粋のサッカー少女。3月に粕屋町の小学校を卒業すると、Jリーグ・セレッソ大阪(本拠地:大阪市、堺市)の下部組織であるセレッソ大阪堺アカデミーに入団する。

 セレッソ大阪堺アカデミー(※)は10代の選手から選抜されたセレッソ大阪の下部組織で、将来のプロ選手、さらに日本代表を目指すエリート集団だ。Jリーグ加盟チームは地域スポーツの振興とタレント(才能)発掘のため、育成アカデミーを持つことが定められている。

 Jリーグ下部組織のジュニア(小学生年代)、ジュニアユース(中学生年代)、ユース(高校生年代)を経てトップチームに上がることは、サッカー少年・少女たちが最も憧れるエリートコース。なかでもセレッソ大阪は、人気と実力を兼ね備えたリーグ屈指の有力チームだ。

 セレッソはジュニア用の寮を持たないこともあって中学生の入団は親との同居が条件となる。そのため父親の正晃さん(44)が綾香さんとともに大阪市に移り住み、綾香さんは公立中学校に通いながらチームの練習に参加する。正晃さんが自営業だったことも、今回の決断には幸いした。

※セレッソ大阪には女子選手だけの下部組織として、セレッソ大阪堺「レディース」と同「ガールズ」がある。

家事はなんでもこなす、父親の正晃さん。「父親に反抗することは絶対に許さない」と笑う和恵さん
家事はなんでもこなす、父親の正晃さん。「父親に反抗することは絶対に許さない」と笑う和恵さん

■ナショナルトレセンに選抜~九州で女子は2人だけ

 綾香さんがサッカーを始めたのは5歳の時。1つ上の兄で、現在はアビスパ福岡のジュニアユースに所属する佑馬さんの後を追うようにボールを蹴り始めた。

サッカーを始めた小学校低学年のころ。右は、兄の佑馬さん
サッカーを始めた小学校低学年のころ。右は、兄の佑馬さん

 もともと綾香さんは2歳で逆上がりしてみせるなど、その身体能力は周囲の目を見張らせるものがあった。足も速く、男子相手にも絶対に引かない負けん気の強さで頭角をあらわし、上級学年のチームで試合に出るようになると、どんどんサッカーの魅力に引き込まれていった。

 5年生からは糸島市の強豪チームZYG FCに加入。数々の大会で優勝して実績を重ね、昨年の全日本U12サッカー選手権福岡大会ではチームの主力として準優勝に貢献。女子では2人だけナショナルトレセン(※)の九州代表に選ばれるなど、同年代では抜群の実績を残してきた。

※将来有望な若手選手を発掘する講習会。各地域のトレセンから始まり、選抜された選手が上位トレセンに進む。ナショナルトレセンは最上位カテゴリー。

■夢を追って新天地・大阪~覚悟の旅立ち

 小学校で男子とともにボールを蹴ったサッカー少女たちは、中学進学を期に競技を離れることが多い。体格や筋力で差がつき始める男子と同じピッチに立つことは難しいことに加え、女子チームが少ないことが競技を離れる最大の原因になっている。

 小学校卒業後の進路について綾香さんは当初、女子サッカー強豪高校にコネクションを持つコーチが在籍する県内有力クラブチームに所属するつもりで、セレクション(入団テスト)にも合格していた。しかし、アビスパ福岡のジュニアコーチから「もったいない」と声をかけられてセレッソの練習会に参加、その際に監督の目にとまって「ぜひ来てほしい」とオファーがあり、入団することになった。

 「綾香の進路についてはいろいろ迷いましたが、今ふりかえってみると結局、人との出会いやめぐりあわせで、一番良い選択肢を与えてもらったという印象です」(母親の和恵さん)

 正晃さんと和恵さん(45)はともにバレーボールの競技歴があり、スポーツ好きということでは一致するものの、際立った競技実績があるわけでもなく、自分たちの子どもがプロサッカー選手を目指すとはまったく想像していなかった。

 「両親や親せきなどは、綾香を大阪にやることについてまったく反対しませんでしたが、なかには『女の子なんだから、そこまでやらなくても』とおっしゃる方もいると思います。『サッカーで食べていける選手なんてほんのひと握り。現実を見ろ』という声も聞きました。でも、私たち夫婦は子どもたちの夢を応援してあげたいだけなんです。そのために可能なことなら何でもする。綾香が将来、大きなけがをするなどしてサッカーを断念することだってあるかもしれません。でも、それでもいいと思っているんです。やらないで後悔するよりは、行動して後悔するほうがいい。そこは夫婦でぶれていないところですね」(正晃さん)

 綾香さんが所属するZYG FCの尾嶋徹監督は、「何よりもご両親がすばらしい」と絶賛する。

 「技術や身体能力の高さはもちろんですが、綾香のプレーヤーとして最大の持ち味はメンタルの強さです。男子も含めたうちのトップチームで一番気が強いのはおそらく彼女(笑)。そして、何よりも彼女を支えるご両親の決断に頭が下がります。どんなに優れた資質を持っていても、選手が伸びるかどうかは育成環境でほとんど決まってしまう。福岡を離れてセレッソの下部組織に入ることを最終的に決めたのは本人ですが、その決断を後押ししたご両親と家族の存在こそ、もしかしたら彼女の一番の〈強み〉かもしれません」

 大阪という初めての土地で、Jリーグ下部組織という熾烈な競争社会に身を置くことを決めた綾香さんはいま、前だけを見つめている。なにがなんでも「なでしこジャパン」(サッカー女子日本代表チーム)に入り、W杯で優勝する。目標も具体的で、それを実現するためには努力を惜しまないつもりだ。

 「お金がかかることはわかっているし、一緒に大阪に来てくれるお父さんのためにも、絶対にがんばりたい。常に世代別代表に選ばれるようになって、できるだけ早くなでしこジャパンに入る」(綾香さん)

 臨時休校の影響で、しばらくは学校も練習も休みの日が続く。「大阪で友だちができるかだけが、ちょっと不安です」とはにかむ綾香さんだが、17日の卒業式を終えればすぐに、大阪に旅立つ準備が待っている。

 持ち前の負けず嫌いな強い気持ちに加えて手に入れた新たな武器、家族の絆と「覚悟」を胸にしまって故郷(ふるさと)を後にするつもりだ。

【編集部】

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