2024年04月19日( 金 )

コロナ危機の裏で深刻化する食糧問題と加熱する種子争奪戦争(中編)

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 NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」から、一部を抜粋して紹介する。今回は、2020年6月5日付の記事を紹介する。


 あまり知られていないが、アフガニスタンは40年前には豊かな農業の輸出国であった。アメリカ軍はアフガニスタン侵攻に際し、「2007年までには同国が再び食糧に関して自給自足のできる体制に引き上げる」と謳っていた。しかし、目標の年をはるかに超えた20年の現在、食糧の自給自足は「絵にかいた餅」に終わっている。

 その背景には戦争後の復興計画が進んではいるものの、実際にその恩恵を被っているのは地元の農民や市民ではなくケモニクスに代表されるようなアメリカの援助ビジネスに携わっている企業が中心となっているからだ。いずれにせよアフガニスタンの農業を復興させるためにもっとも重要な資源は種子である。

 02年、アメリカとオーストラリア政府が資金を提供し、34の組織が協力し「国際農業リサーチ研究グループ」が誕生した。そしてこのグループの指導を受けるかたちで「アフガニスタンの農業復興のための未来の収穫コンソーシアム」と呼ばれる組織が旗揚げした。何と、その主たる活動はアフガニスタンの農民たちが長年にわたり育ててきた穀物の種子を捨てさせ、新たにアメリカが開発した種子を広めることであった。

 アメリカもヨーロッパ各国政府もアフガニスタンにおいて、自国に有利な新たな種子産業を育成しようと深慮遠謀を企てていたのである。最終的にアメリカが勝利を収め、外国の企業やアグリビジネスに門戸が開放される際に、もっとも有利な条件でこの新興市場を押さえようと目論んでいたわけだ。

 その目的を達成するため、アメリカ政府はわざわざ法律の改正まで行い、アフガニスタンの農民たちが自分たちの種を保存し、次の年に植え付けることができないようにしたのである。08年10月、世界食糧機構が音頭をとり、アフガニスタンの首都カブールでは「アフガニスタン全国種子協会」がお目見えした。まさにアメリカの目指す、自国製の種子をアフガニスタンで長期にわたり広めようとする計画の本格的スタートであった。

 その一方で、アメリカ軍に抵抗するタリバン側の勢力も自らが開発した種子を農民たちに提供することで信頼を得ようと躍起になってきた。要は、米軍が提供する種子とタリバンが提供する種子の間で熾烈な市場争奪戦争が展開されているわけだ。とはいえ、いずれの種子も無料ではない。確かに当初は無償で配られるが、長い目で見ればどちらの種子にも毒が盛り込まれているようなもの。米軍とタリバン勢力との「出口の見えない戦争」に翻弄され続けているアフガニスタンの国民や農民たちにとって、この種子戦争という新たな戦場で、どちらの側に立つのか厳しい選択を迫られてきたといえよう。

 イラクにおける情勢も極めて似通っている。イラクは「文明のゆりかご」と呼ばれるほどで、農業に関しても数千年の長い歴史を誇ってきた。しかし、イラク戦争が終わり米軍による占領統治が続くなかで、今やイラクはアメリカの小麦や米産業にとっては最大のお得意先となっている。アメリカ政府はイラクを占領することにより、石油だけではなく巨大な市場を手に入れたと言っても過言ではない。15億ドルに達する食糧マーケットがアメリカの企業に開放されたからである。

 短期間でイラクの農業や食糧流通システムはアメリカに全面的に依存するようになってしまった。米軍はかつて巨大農業企業カーギルの役員であったアムスタッズ氏を引き抜き、米軍の対イラク農業支援事業の責任者に据えた。アフガニスタンで行ったのと同じように米軍はイラクにおいても同国の法律を改正させ、アメリカからの輸入品、とくに食糧に関してアメリカ依存を強める政策を徹底的に実行したのである。

 その結果、イラクにおいては自前の農業生産や食糧ビジネスはほぼ壊滅状態に陥ってしまった。そうしたうえで、米軍はアメリカ産の種子を積極的に広めているわけだ。本来イラクの農民たちが豊かな土壌や長い農業経験に基づき大切に伝承してきた種子をすべて捨てさせたのである。イラクにとって、小麦は最大の食糧源であったが、今ではアメリカの種子メーカーが提供する種子やアメリカの穀物会社から必要な小麦やトウモロコシなどを大量に輸入せざるを得ない状況に立ち至っている。

 アメリカ政府は06年以降、3億4,300万ドルを投入し、イラクに対する2つの新たな農業支援策を開始した。1つは「アグリビジネス育成計画」。もう1つは「民間セクター育成ならびに雇用増進計画」である。いずれもUSAIDが始めたものだが、実際に日々の業務を推進するのはアメリカのルイス・バーガー・グループ。同社は世界最大規模を誇るインフラ整備や開発を専門とするコンサル会社である。

 これら2つのプログラムを通じてイラクにおける新たな食糧産業に対する投資を加速させようと考えたのである。しかも注目すべき動きは、こうした農業や職業訓練の計画がすべて軍事作戦のなかに組み込まれていることである。アメリカ政府はイラク復興支援の名目で2億5,000万ドルの予算を計上し、580を超える農業関連プロジェクトを展開している。問題はこれらのプロジェクトの97%以上が現地の米軍司令本部によって決済が行われていることであろう。表向きは農業支援を通じての復興事業とされているが、実際に資金の流れやプロジェクトの進行状況を確認する立場にあるのは米軍なのである。

※続きは6月5日のメルマガ版「コロナ危機の裏で深刻化する食糧問題と加熱する種子争奪戦争(中編)」で。


著者:浜田和幸
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