2024年03月29日( 金 )

コロナの先の世界(14)新型コロナ後の北東アジアの姿(3)

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 NetIB‐Newsでは、国際経済連携推進センター(JCER)の記事を掲載している。今回は2020年6月11日付の記事を紹介。


(公社)日本経済研究センター 首席研究員 伊集院 敦

 新型コロナ危機が収束した後、日本を取り巻く北東アジア地域はどう変わるのか。今回の危機で米中の分断が加速し、その影響が北東アジア地域を直撃することは避けられないだろう。米中の分断圧力により北東アジアという地域はズタズタに引き裂かれるのか、それとも危機をチャンスに変えて、まとまりのある地域として発展していくのか。この地域の将来の姿は、今後数年の取り組みによって、相当違ったものになるのではないか。

戦略調整で岐路に立つ北東アジア

 北東アジアはコロナ危機に直面する前から、重大な岐路に立たされていた。中国の大国化が進む過程で、安全保障上の対立や技術覇権競争が激化。米中の「新冷戦」の足音はこの地域にも押し寄せ、各国の戦略面の調整を迫られる場面が増えてきたためだ。

 北東アジアにおいては第2次世界大戦の終戦から75年、東西冷戦の終結から30年の歳月が過ぎた今も、欧州連合(EU)のような共同体は存在しない。北朝鮮やロシア極東などを含めた広範な多国間協力の枠組みもない。中核である日中韓の3カ国協力が始まって20年しか経っておらず、歴史問題などを理由に3カ国首脳会談がたびたび中断しながら、どうにか機能面での協力を積み上げてきたのが実情だ。

 3カ国の機能的な協力は今後も継続によるレベルアップが期待されるが、経済発展の中心が欧米からアジアに移る歴史的な変化のなかで、最近は戦略的な問題の扱いも避けて通れなくなっている。典型的な例が広域経済圏構想と北朝鮮への対応だ。

 北東アジアの主要国はすでに、この地域における新たな秩序形成をにらんでさまざまな経済圏構想や戦略を打ち出している。中国が進める「一帯一路」は西や南に向けたイニシアチブと見られがちだが、東方展開、北方展開も意識したものだ。中国はシベリア鉄道を通じた欧州との物流に加え、日本近海や北極海を通る「氷上のシルクロード」の政策も打ち出した。遼寧省の計画など、朝鮮半島や日本にウイングを広げる地方版の一帯一路構想もある。

 韓国の文在寅政権は「朝鮮半島新経済地図」の実現を目標に掲げている。朝鮮半島全体に「環黄海経済ベルト」「環日本海経済ベルト」「南北境界地域経済ベルト」の3つの経済ベルトを設定し、北朝鮮との南北経済共同体の実現を目指す。同時に、中国やロシア、日本などを含めた北東アジア地域の広域的な経済協力につなげる構想だ。

 日本は環太平洋経済連携協定(TPP)の対象国をアジアで拡大するとともに、米国と足並みをそろえて「自由で開かれたインド太平洋構想」を進める方針だ。ロシアのプーチン大統領は「新東方政策」を打ち出し、アジア太平洋諸国との関係強化に力を入れている。内陸国のモンゴルは隣国の中国、ロシアとのバランスを考慮しながら、日本や韓国、北朝鮮など「第3の隣国」との関係も発展させようとしている。

 問題は各国の戦略や構想をどう調整し、地域の発展に結びつけるかだ。各国が自国優先でバラバラに動くと協力の効果が薄れる。とくに北朝鮮と経済協力を進める場合、関係国の足並みが乱れると北朝鮮に「つまみ食い」を許し、肝心の核問題の解決にマイナスの作用をおよぼす恐れもある。

 進め方を間違えると、将来の地域秩序をめぐって、関係国の対立を呼び起こす可能性も否定できない。各国の戦略や構想にずれがあるのは当然だが、自国利益優先の姿勢で正面衝突した場合、どのような結果を招くか。19世紀末から20世紀初頭の北東アジアの歴史を思い出すべきだろう。

連結性を欠く北東アジア地域の弱点

 日本を取り巻く北東アジアは国力のある国が多いのに、まとまりを欠く地域だ。筆者はこの原稿を書くにあたって、日中韓と極東ロシア、モンゴルあたりまでを含めてイメージしているが、そもそも北東アジアとはどこからどこまでを指すのか、地域の範囲すら明確ではない。日本政府内でも外務省の北東アジア1課、2課は韓国と北朝鮮を担当するが、経済産業省の北東アジア課は朝鮮半島と中国、モンゴルを所管する。

 この地域に多国間協力が育たなかった第1の原因は、この地域が極度に多様性に富んだ地域であるためだ。上に記した国や地域は政治体制も異なれば人口や経済の発展レベルも異なる。第2に、冷戦構造が残っていることが挙げられる。朝鮮半島では軍事的緊張が続き、日本と北朝鮮の間には国交がない。主要国である日ロの間には領土問題が横たわり、平和条約も締結されていない。

 ロシア極東や中国東北部、朝鮮半島の東海岸、日本の日本海沿岸地域など、北東アジア交流の接点となる地域は各国において地方に位置し、協力を進めようにも権限や財源が限られていることも理由に挙げられよう。

 ロシア・モンゴルのエネルギー・資源、中国・北朝鮮の労働力、日本の資金・技術、韓国の生産財・消費財が結び付けばこの地域は大きく発展する―――。多様性は考えようによっては発展の潜在力であり、東西冷戦が終結した約30年前には環日本海経済圏構想が注目された。しかし、違いすぎる国柄と安全保障上の問題がネックとなり、多国間協力が遅々として進まなかったのが実情だ。

 近年はインド太平洋地域のなかで、TPPやASEAN共同体、RCEP (東アジア地域包括的経済連携) などさまざまな輪ができつつあるが、環日本海地域や北東アジアは大枠のなかにおける一種のミッシング・リンク(連続性が欠けた部分)になっている。そして、まとまりを欠く北東アジアの弱点が浮き彫りになっていたところに、コロナ危機と米中分断の波が押し寄せてきたのである。

(つづく)


<プロフィール>
伊集院 敦(いじゅういん・あつし)

 1961年生まれ。85年早稲田大学卒、日本経済新聞社入社。ソウル支局長、中国総局長、アジア部編集委員などを経て、2018年から(公社)日本経済研究センター・首席研究員。中国・清華大学、延辺大学大学院に留学。
 著書多数。近著に『技術覇権 米中激突の深層』(編著、日本経済新聞出版社)。

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