2024年04月18日( 木 )

【香港最前線3】「超限戦」の真っ只中

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

香港人作家 周 慕雲

香港はカフカ『審判』のごとく不条理な世界に

 香港はカフカの小説『審判』の世界と化した。主人公「K」はある日突然見知らぬ男たちに自宅を侵入され、その場で逮捕され、その後長期間にわたって裁判が続いていたかと思うと、またもや突然、理由がわからないまま処刑されてしまうのである。香港で起こっていることは、先が見えない出来事の連続で、香港人はまさに「K」の状況に立たされているといえる。問題を外側から見るなら、国際政治の枠組みで解釈されてしまう。しかし、内側で生きている人間にとっては、まさにカフカの世界なのである。

 とはいえ、香港人の多くは自分が「K」になったと自覚しているわけではない。「国家安全法」の導入はまったくの不条理な出来事だが、あまりにも不条理すぎて、それに服従するしか道がない気分にさせられる。「K」同様に、受動的に振る舞うしかなくなるのだ。

 「国家安全法」によって「反政府的」と判断されたら、何が起きても文句をいえない。「どの国にもそのような法律はある」などと気休めをいう人は、中国の法制基準が他国と比較にならないほど理不尽なものであることを知らない。中国政府は欧米諸国に「自分たちの基準で中国を裁くな」といってきた。しかし、そういう彼らこそ、自分たちの基準で香港人を裁こうとしている。

 読者はこれを香港人だけに関わる問題と思わないでほしい。香港に住むすべての外国人にも関わるのであり、従って、問題は全世界に関わるのだ。

香港の問題は全世界に関わる

 6月17日に、ハワイで米国のポンペオ国務長官と中国の楊潔箎・共産党政治局委員(外交担当)が会談した。その内容は明らかにされていないが、香港政府の親中派は、この会談によって「国家安全法」の導入が揺らぐことはないと確信している。一方のアメリカは、その1週間後の25日に、「香港自治法案」なるものを上院に提出し、承認を得た。香港人の自由と民主主義を奪う香港政府の官僚に対して罰を与えるという内容である。

 一見すると香港を守るための法案であるが、その背景に大統領選挙があることは確実だ。トランプ大統領は、再選のため、厳しい対中姿勢を示すことで支持拡大を狙っており、この法案に署名したのである。つまりこれは、香港のためではなく、アメリカ大統領選のためなのだ。

 「香港自治法案」が議会に提出されたことは、ポンペオ―楊会談がうまくいかなかったことも示している。問題はこの法案が下院でも可決されると、香港の自由と民主主義を侵害する者のアメリカへの入国は禁止され、アメリカの不動産および銀行資産が凍結されてしまうことだ。これによって、香港の経済活動は壊滅的打撃を被る。それゆえ、香港人の目には、アメリカの新法案は香港を米中経済戦争に巻き込むものとしか映らないのである。

 アメリカがどのように動こうと、香港が維持してきた経済的・文化的地位はもはや戻らないだろう。3月に発表された「2020年経済自由度指数(Index of Economic Freedom)」(米ヘリテージ財団)によると、1995年から2019年までずっと1位だった香港は、今年は1.1ポイント減らし、第2位に転落した。中国の圧力のため、「投資の自由」と「経済的自由」が急激に狭められているのだ。「国家安全法」が導入されれば、状況は間違いなくさらに悪化する。しかも、これも同様に香港のみならず、香港と商取引をしているすべての国に影響することである。香港における問題は、さまざまな意味で全世界に関わる問題を集約しているのだ。

香港は米中「超限戦」の最前線に

中国で出版された『超限戦』

 日本人はあまり知らないが、毎年7月1日(返還日)は香港のデモの日である。毎年開催され多くの香港市民が参加しており、2003年には中国政府に対する反逆、分離、扇動、転覆を禁止する基本法23条の立法化(国家安全条例)に反対して、50万人以上の市民が参加した。このことを理解している中国政府は19年に「逃亡犯条例改正案」、20年に「国家安全法」と、波状攻撃をしかけてきた。その結果、民間組織「人権戦線」(Civil Human Rights Front)が計画する今年のデモは、とうとう香港政府から禁止されてしまった。表向きの理由は「コロナ拡大の恐れ」である。基本法27条によって保障されている「デモの自由」は、もはや過去のものとなった。

 香港代表として「全人代」に参加する譚耀宗は、北京に発つ直前に以下のように述べた。「法案を通過させるべきか否かの議論はもはや無用」「討論すべきは、その法案に遡及期間を設けるか否かである」と。新法の実施が7月1日に始まるのであれば、ポイントは、それ以前に遡って「国の安全を脅かす行為」に処罰を下すことが可能かどうかということになる。曾国衛・政制・内地事務局長(政治制度および中国本土関連業務担当)は、中国政府に対して「お望み通りにしました」と平然と述べ、聶德權・公務員事務局長は「法案通過は香港のために必要だ」と明言している。香港政府の要職に就く者がこのような発言をするほどであり、香港にもはや救いはない。

 冒頭で触れたとおり、香港では不条理が日常茶飯事となった。親中派の政治家と出世しか考えない官僚たちが連携し、香港の自由と民主主義を破壊してしまったのだ。こうして香港は、今や「冷戦」ならぬ、米中の「超限戦」(人民解放軍の将校が2010年に同タイトルの著作を執筆。21世紀の戦争をあらゆる領域・手段で、制約なしに行われうるものと特徴づけた)の最前線に立たされた。

(了)

(2)
(4)

関連記事