2024年04月25日( 木 )

「新型コロナ」後の世界~大学の本来あるべき姿を考察する!(3)

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東京大学大学院情報学環 教授 吉見 俊哉 氏

 新型コロナウイルスは「世界の軌道」を止めた。私たちは今避難を余儀なくされ、物質的な考えを止めさせられ、自分が生きることだけを考えている。そして、このことは、これまで私たちが地球に行ってきた環境破壊がもたらした大洪水、ハリケーン、竜巻、海洋汚染、氷山崩壊などと同じで、貪欲な資源獲得の争いや終わりのない戦争の結果であることに気づき始めている。
 一方で、世界が一度止まったことで、私たちは自分の人生で大切なものは何かを考える時間ができた。今後、大学はどのような役割をはたしていくべきなのだろうか。

 東京大学大学院情報学環・教授の吉見俊哉氏に聞いた。ちょうど新型コロナ騒動直前の1月末に吉見教授がオックスフォード大学教授の苅谷剛彦氏と共著で出版した『大学はもう死んでいる?』(集英社新書)が今注目を集めている。それは、同書がまるで世界が一度止まることを予期していたかのように、日本はのみならず世界中の大学が抱える根本的な問題をあぶり出しているからに他ならない。

大学を成り立たせている根本原理は「移動の自由」

 ――グローバリゼーションと大学は、どのような関係にありますか。

 吉見 大学は大きな構造でいえば、グローバリゼーション側にいるといえます。それは大学の根本が「移動の自由」にあるからです。さまざまな文化や文明が交差し、人々が接触し、交流し、越境し、対話することに価値を見出していくことがそもそもの大学の姿です。鎖国や封鎖、隔離をして、ソーシャルディスタンスをとり、お互いに壁をつくるのみでは、大学の価値はなくなります。

東京大学大学院情報学環 教授 吉見 俊哉 氏

 大学を意味する「ユニバーシティ」という言葉がヨーロッパで生まれたのは12~13世紀頃で、大学は教師と学生の協同組合として出発しました。中世ヨーロッパにおいて、商人、職人、聖職者、知識人のいずれの立場でも都市から都市へと自由に渡り歩ける環境が成立していたことが、大学の誕生を可能にしました。誰もが旅人であり、なかには教師も学生もいました。移動の自由に支えられ、知的な旅人たちが集まる場所として、いくつかの都市に大学ができました。大学に集まる人たちは、たとえばローマ教皇や神聖ローマ皇帝とのコネクションなどヨーロッパ全域のネットワークをもっていたため、移動しない地元の権力者に対し、はるか遠くにいる教皇や皇帝から勅許を得て対抗することができました。

 もともと大学を成り立たせている根本原理、つまり「学問の自由」のさらに根幹には、「移動の自由」があるのです。旅する自由、つまり移動の自由があって、初めて学問の自由も成り立つのです。

学生も自由に移動できる、欧州のボローニャ・プロセス

 吉見 商社マンほどではありませんが、移動する人々のなかで、大学の教師や学生、研究者の占める割合はかなり高いと思います。私たち大学人は「移動する人」なのです。移動先のさまざまな場所で、講義や講演を行い、会議に出席します。

 欧米では、大学の教師がキャリアアップして移動することはもちろん、学生もボローニャ・プロセス※1によって、イタリアの大学に入って、ドイツの大学で卒業するというように、旅をしながら大学を卒業することが可能になっています。日本の大学では、現時点ではこのような学びにおける「移動の自由」がほとんど見られないことは残念です。

グローバル化は一直線では進まない

 吉見 大学はグローバリゼーションの側にいるとお伝えしました。私は「グローバリゼーションは文明の運命」だと考えています。文明化するということは、根本的に「グローバリゼーション」に向かうことです。しかしグローバリゼーションには、さまざまなネガティブな問題点があります。問題点について真摯に批判的な議論をすることが必要ですが、グローバル化そのものを否定することは難しいのです。

 ただしグローバル化は、まっすぐに進んでいくわけではありません。歴史を振り返ると、グローバル化が進みすぎると、経済的な破綻、疫病などのさまざまな反動があって時計の針が戻され、少し落ち着くと、またグローバル化の方向に向かう、ということが繰り返されてきたのです。

 日本の歴史でいえば、織田信長や豊臣秀吉の「グローバリズムの時代」から、徳川家康や家光の「反グローバリズムの時代」への転換は、支配者の単なる交代ではなく、歴史的なパラダイムの大転換だったのです。信長、秀吉、コロンブス、コルテス※2は同時代の人です。コルテスが新大陸を征服しようとしたように、秀吉は朝鮮半島から中国までを征服しようと目論んでいました。このような野蛮な侵略者たちによって世界が散々に荒らされてしまい、何とかしなければならない状況に陥ったことが、その後にスペインも豊臣氏の大阪城も没落していった理由だと思います。

 17世紀以降、ヨーロッパにおいてスペインやポルトガルは凋落し、フランスやイングランドのような領域国家の時代となります。中国についても14~15世紀に繁栄した明朝は対外志向の強い商業国家でしたが、その後に栄えた清朝はどちらかというと内向きです。徳川幕府の鎖国体制は17世紀以降の世界のこのような流れにピッタリ対応していました。

(つづく)

【金木 亮憲】

※1ボローニャ・プロセス
 国が違っても、高等教育における学位認定の質と水準を同レベルのものとして扱うことができるように整備することを目的として、ヨーロッパ諸国の間で実施された一連の合意のこと。EU加盟国すべてを含む47カ国が参加し、49カ国が調印している。^

※2コルテス
 エルナン・コルテス(1485~1547年)、スペインの征服者。メキシコ高原にあったアステカ帝国を征服した。^

(つづく)

【金木 亮憲】


<プロフィール>
吉見 俊哉
(よしみ・しゅんや)
 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授 兼 東京大学出版会理事長。同大学副学長、大学総合研究センター長などを歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割をはたす。
 2017年9月~18年6月まで米国ハーバード大学客員教授。著書に『都市のドラマトゥルギー』(河出書房新社)、『博覧会の政治学』(講談社)、『親米と反米』(岩波書店)、『ポスト戦後社会』(岩波書店)、『夢の原子力』(ちくま新書)、『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書)、『大予言「歴史の尺度」が示す未来』(集英社新書)、『トランプのアメリカに住む』(岩波新書)、『大学はもう死んでいる?』(集英社新書)など多数。

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