2024年04月20日( 土 )

元総合商社駐在員・中川十郎氏の履歴書(12)ニューデリー支店での労働争議

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日本ビジネスインテリジェンス協会会長・中川十郎氏

 ニューデリーの最後の想い出として、ニューデリー支店で発生した労働争議について触れておきたい。

「不当労働行為を受けた」として、労働争議に

 産業機械を扱っていたニューデリーの代理店から、最近、代理店の口銭が十分に支払われていないというクレームを受けた。調査したところ、ニューデリー支店をとりしきり、20年以上勤務しているSが、代理店の口銭の一部を不正にかすめ取り、自分の懐に入れていることが発覚した。

 Sが行ったことを正直に話して謝るなら、注意したうえで無罪放免にするつもりだった。だがS君は事実を否定し、謝る気配がなかった。Sは元ニューデリー支店長でニチメン(株)本社のN専務が採用した現地採用社員で、ニューデリー支店の機械ビジネスや、政府との許認可の交渉を一手に引き受けていたため、余人をもって代えがたい存在だった。だが、Sに反省の態度が見えないため、熟考の末に解雇した。

 するとSは「不当労働行為を受けた」として労働裁判所に提訴し、さらにニューデリー支店の従業員をそそのかし、全員が出社を拒否した。さらに抗議専用の労働者を雇い、ニチメン社宅で抗議デモを始めた。

 筆者はかつて、ニチメン(労組)・執行委員、東京副支部長、全国商社労働組合連合会・不当労働行為対策委員長を5年近く経験してきた。そのため一歩も引かず、ニューデリー支店を守るため堂々と裁判に対応した。

 ある日、Sに雇われた労働者20名が社宅に押しかけてきた。「インド労動者の敵、中川は日本に帰れ!」とスローガンを叫び、社宅の塀をよじ登ろうとしたが、警官がこれを押しとどめた。

 抗議していたデモ隊が退散した後、塀の上に棺が置かれていた。棺のなかにはクギを打ちつけた藁人形が置いてあり、「インド労働者の敵、中川よ地獄に行け!」と書かれていた。縁起でもないため、社用車の運転手に処分せよと命じた。

最後まで戦う覚悟だった労働裁判

 この労働争議は半年間続いた。職場放棄した従業員には「仕事に復帰しなければ全員を解雇する」と通告すると、S以外は全員が職場に復帰した。さらに「まじめに勤務しなければ、Sのように解雇する」と通告したところ、ニューデリー支店の雰囲気はとても良くなり、全員が以前より仕事に精を出してくれた。

 労働裁判自体は続いていたため裁判準備で大変であったが、最期まで戦う覚悟だった。ニチメン人事部からは「適当なところで、手を打て」という指示がきたが、後任のためにも、ニューデリー支店の大掃除をしたいと考えて、本社の指示を無視した。

 その後、筆者はブラジルに転勤になったが、「後任のニューデリー支店次長がSに手切れ金を渡し、労働裁判が長期にわたるのを回避した」という噂を聞いた。
 現地雇用の従業員が不正するのは良くない。どの国でも徹底して不正を追及していくべきだという信念は、今でも変わっていない。

(つづく)


<プロフィール>
中川 十郎(なかがわ・ じゅうろう)

 鹿児島ラサール高等学校卒。東京外国語大学イタリア学科・国際関係専修課程卒業後、ニチメン(現:双日)入社。海外駐在20年。業務本部米州部長補佐、米国ニチメン・ニューヨーク開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部教授、同大学院教授、国際貿易、ビジネスコミュニケーション論、グローバルマーケティング研究。2006年4月より日本大学国際関係学部講師(国際マーケティング論、国際経営論入門、経営学原論)、2007年4月より日本大学大学院グローバルビジネス研究科講師(競争と情報、テクノロジーインテリジェンス)

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