2024年03月29日( 金 )

コロナとニューヨーク~夏の声(後)

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大嶋 田菜(ニューヨーク在住フリージャーナリスト)

タフで自由、ニューヨーク人に似たドブネズミ

 ほぼ普段の生活に戻った今では、野生の動物はまったく見かけなくなった。街中で見かける動物といえばハト、ネズミ、スズメ、犬ぐらいだ。ネズミはやけに多い。小さなネズミのみではなく、子猫ほど大きくて太く、長い尻尾をもったドブネズミが数年前から異常に増えている。

ドブネズミ

 ドブネズミも見慣れると可愛さを感じるようになる。ドブネズミはタフで、間違いなく楽ではない生活に慣れきっているところが、どことなくニューヨーク人に似ているのだ。加えて、なんともいえない自由さをもっているところも、ニューヨーク人に似ている。道端に自由にたたずんだり、自由に道路を渡ったりするところや、セントラルパークではリスに混じって幸せそうに遊んでいるところも同じだ。街中が毒だらけであり、ドブネズミ対策としてこれ以上の毒をまいたら人間にも危険であると、ニューヨーク市もあきらめているようだ。

 地下鉄の駅内でピザを食べているネズミの姿を、ニューヨークに住んでいれば誰でも一度は目にしているはずだ。「野球チームの新しいマスコットにすべきだ」とニューヨーク市民は気楽にふざけて話す。

ニューヨークの地下鉄の今

 ニューヨークの地下鉄は、古くて汚い。ネズミにとっては「天国」なのだろう。暗く、臭く、雨漏りし、生ゴミやかじりかけの食べ物を見かけることもある。コロナのパンデミックが発生してからは、乗客数も大きく減少した。ニューヨーク市長のビル・デブラシオ氏は「感染症対策として以前に比べて2~3倍の頻度で消毒している」と話している。

地下鉄車内

 しかし筆者はその状況を自分で確認したことはなかったため、6カ月ぶりに地下鉄に乗ってみた。Q線の86丁目の駅のホームはまだ新しいためか、大理石のように輝いていた。懸念された車内はがらんとして人がおらず、広告が1つもない寂しい空間でプラスチックの席がピカピカと光っており、漂白剤の匂いがする。まるで古くなった共産主義国の病院のようだった。ニューヨークの地下鉄がこれほどに清潔だったのは、いつのことだろうか。『銀河鉄道の夜』のように乗客が誰もいない、エアコンで冷えすぎた電車に乗って、コニーアイランドまで行った。

ブルックリンブリッジとマンハッタンのスカイライン
コニーアイランド

 乗っている地下鉄が地上に出ると、ニューヨーク市郊外の静かな風景が、暖かいおしぼりのように顔に触れる。黄色、ピンク色、水色の豪華な住宅があっという間に電車の窓から飛び去って、次は灰色の小さな一軒家がたくさん並んでいるのが見えた。白人街、黒人街、中華街、ユダヤ人街、ラテン人街などが続き、乗り降りする人々の顔や肌、体つきが見事に変わっていく。彼らもみなマンハッタンまで毎朝通勤して、このように大変な状況のなかでも、1人ひとりが街にエネルギーを吹き込んでいるのだろう。

 ようやく、ロシア人街のコニーアイランドにたどり着いた。電車に1時間以上乗っても、まだブルックリンにいるほど、ニューヨーク市内は広い。海岸に来ている人々がニューヨーク人に違いないことは、態度からわかった。

 海水浴している人、散歩している人、海辺の店の前でホットドッグやハンバーグを立ち食いしている人、英語を一言も話せないためにスペイン語で、マンゴーやアイスを砂浜で販売する中南米の人、スペイン語にもかかわらず何とか話を通じさせてアイスを買う黒人の女の子。誰もが「ほかの人のことは私には関係ない、勝手にすれば」という目つきで、互いに触れ合うことなく、同じ街で一緒に生きているのだ。

(了)


<プロフィール>
大嶋 田菜
(おおしま・たな)
 神奈川県生まれ。スペイン・コンプレテンセ大学社会学部ジャーナリズム専攻卒業。スペイン・エル・ムンド紙(社内賞2度受賞)、東京・共同通信社記者を経てアメリカに渡り、パーソンズ・スクールオブデザイン・イラスト部門卒業。現在、フリーのジャーナリストおよびイラストレーターとしてニューヨークで活動。

(前)

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