2024年04月16日( 火 )

音楽に見る日本人の正体(3)総集編(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ
大さんのシニアリポート第93回

 拙著「『陸軍分列行進曲』とふたつの『君が代』―出陣学徒は敵性音楽で戦場に送られた」(平凡社新書)の発売から2カ月以上が経った。読者からの反応は実に良い。「一気に読んだ」「学徒を敵国フランス人作曲家の音楽で送るなんて信じられない」「日本人の心の裏にある秘密を垣間見た気がした」など…。
 しかし、寄せられた感想はこれまでの拙著上梓時の反応より圧倒的に少なく、それに比例するかのように販売部数も伸びていない。出版界の現状を踏まえ、拙著を俎上に載せて販売不振の理由について報告したい。

拙著販売不振の5つの理由

 まず、思い当たる理由の要点を箇条書きにした。考えられるのは以下の5つである。

(1)出版社が新聞広告を打たない。いや、打てない。
   老舗の(株)平凡社でも経済的に追い込まれているのだろう。

(2)マスコミ(主に新聞、雑誌)が書評として取り上げてくれない。
   拙著が読者の目に留まる機会が少ないため売れるはずがない。

(3)筆者の読者層は高齢者だと推測しているが、コロナ禍もあり、高齢者は書店にでかけない。
   加えて、書店の数も激減している。筆者の住むまちの書店(TSUTAYA)も拙著の出版直前に閉店した。

(4)(推測だが)拙著は「敵性音楽」など扱いにくい事柄を扱っているため、マスコミはこの問題に触れぬよう拙著をスルーしたのではないか。

(5)読者の多くは大半の人は「学徒出陣」のみを問題にしたがり、関連する音楽にはあまり関心がない。

 詳しく見ると(1)出版不況により、老舗の出版社でも新聞広告を削るまでに経営が悪化している。双葉社の元編集者の友人Kから、「平凡社か…。文藝春秋や新潮社、講談社であったなら間違いなくヒットしたと思う」といわれたが、自分も同感だ。

 しかし、出版というものは編集者との出会いで決まることが多い。編集者は作家にとって「最初の読者」である。良くも悪くも編集者との相性で決まる。平凡社から計5冊の新書を上梓できたのも、その都度、担当編集者と馬が合ったからだ。筆者は平凡社が好きなのである。以前、最大手の出版社の1社であるK社から単行本を上梓した際に、2作目の上梓を薦められた。しかし担当者Sと相性が合わず、結局上梓することができなかったという苦い思い出がある。

新国立競技場

 (2)多くのマスコミ(新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど)の俎上(書評など)に載らない限り、書籍が版を重ねることは希である。出版物(業界紙などを除く)の多くは、書店に配本されても荷を解かれることもなく返本されているのが実情である。とくにまちの小さな本屋では、その確率が高い。
 心ある書店主のなかには、みずから直接卸(取りつぎ)店に出向いて仕入れたい本を入手する人もいるが、現実として、売れ行きが期待できる本は優先的に大手の書店に配本されている。書店の書棚にない本は売れるわけがない。

 (3)主な読者層を高齢者だと推測した。若年層は「出陣学徒壮行会」のことをほとんど知らないだろう。実際、「出陣学徒壮行会」が挙行されたのは、今から77年前の1943年10月21日である。出陣し、運良く生還した元学徒の大半は鬼籍に入られた。
 昨年の「出陣学徒追悼の儀式」(新国立競技場建設のため、秩父宮ラグビー場で実施)には、96歳の元学徒2名が出席した。出陣を見送った女学生の多くも天国に召されており、関係者の子どもや孫世代になると記憶も薄れ、思い入れも深くはない。

「敵性音楽」使用の事実はマスコミにとって扱いにくい問題

 (4)出陣学徒壮行会に「敵性音楽」を使用していた事実について書評するには、書評する側にそれなりの覚悟が求められため躊躇したのかもしれない。マスコミにとって扱いにくい問題であることは事実だ。

 (5)激賞してくれた友人たちはほとんど音楽に触れていなかった。彼らが言及してきたのは主に「学徒出陣した」ことであり、「出陣学徒が敵性音楽で戦場に送られた」という事実ではなかった。
 通称「わだつみ」(『きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記』東京大学(協)出版部発行)の関係者である友人のHからは、「あなたもようやく私たちの分野にたどり着いたね」と皮肉を込めたメッセージをもらった。あの「出陣学徒壮行会」で使用された行進曲の原曲、フランス人作曲家シャルル・ルルーによる作曲であることにはまるで関心がもたれていないのだ。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

(第92回・後)
(第93回・後)

関連記事