2022年06月30日( 木 )
by データ・マックス

第一生命が詐欺容疑で『実録 頭取交替』登場の元社員を刑事告発 (26)田中特別社友のトラウマから逃げられない山口金融グループの実態

 筆者は6年余り前の2014年7月3日、NetIB-Newsに「山口銀行の頭取交代劇~主役たちの今」を連載した。その内容を以下(一部配列を変更)に紹介する。

最新金融情報
2014年7月 3日 09時23分
山口銀行の頭取交代劇~主役たちの今(1)

 山口銀行の「頭取解任」クーデターの舞台裏
 山口銀行(本店・山口県下関市)が揺れている。前頭取の田原鐵之助氏(現在は顧問)が一期二年で退任し、後任に最年少取締役の福田浩一氏が抜擢されたトップ人事が、「クーデターによるもの」(関係筋)だったことがはっきりしたからだ。
 クーデターが勃発したのは五月二十一日の決算取締役会。任期満了に伴う新経営陣の顔触れを決めるにあたって、田原氏は自らの再任を含めた新役員のリストを提出した。ところが、役員の一人が田原氏の名前を外した対案を提出。十五人の取締役のうち八人が対案に賛成し、田原頭取が解任されたのだ。
 内部抗争の引き金は、生命保険会社との癒着問題。田原頭取は、同行の保険商品の紹介先が一社に偏っていることを問題視して是正を求め、一部役員と激しく対立していた。この役員が解任される前に先手を打ってクーデターを決行。頭取解任の多数派工作は四月頃から進められていたという。
 この背後には頭取を五期十年務め、「山銀のドン」といわれる田中耕三相談役の姿が見え隠れしている。「田原氏を頭取に指名したのは田中相談役だが、田原氏は頭取に就任早々、不良債権を一気に前倒しして処理した。不良債権の大半は田中氏が頭取時代の案件。不良債権の処理を巡って、田原頭取と田中相談役の関係がこじれた。改革を急ぐ田原氏を、相談役と守旧派が手を結んで追い落とした」(地元経済人)のが、クーデター事件の真相だという。
 金融当局は「頭取交代の理由が不透明」として調査に乗り出した。頭取解任事件の余震はまだまだ続く。

『選択』2004年8月号「経済情報カプセル」より

 いきなり2004年5月に起こった山口銀行の頭取交代劇(クーデター)の記事が目に飛び込んできて、驚かれた読者の方も多かったのではないだろうか。十年一昔という諺があるが、クーデターが発生して今年で丁度10年の節目にあたるため、再度真相に迫ってみることにしたい。
 文中に「役員の一人が田原氏の名前を外した対案を提出。十五人の取締役のうち八人が対案に賛成し、田原頭取が解任されたのだ」と書かれている点について、当時の事情通に聞いたところ、下記内容のメモを手渡された。
★田原氏の名前を外した対案を提出したのは当時徳山支店長であった広田英夫専務。
★「8人」とは広田氏のほか、末広馨常務、西原克彦常務、瀧本博志常務、藤井英昭取締役、加藤敏雄取締役、福田浩一取締役、野坂文雄取締役であるが、このうち広田氏と瀧本氏はすでにこの世にいない。

(つづく)

【北山 譲】

<むすび>
 この「山口銀行の頭取交代劇~主役たちの今」の筆者「北山譲」とは、私のペンネームである。「北山譲」の名前の由来は、「北山」は北九州・山口の頭文字であり、「譲」はものを言う人であった同志社大学の創始者・新島襄にちなんでいる。

 田原頭取が更迭され、財満寛氏が取締役に選任された頭取交代劇から14年余り経過したが、筆者は先日、下記の通り、山口銀行OBの集まりである清交会を中止するとの案内状を受け取った。案内状に記載されている役員の名前からも、特別社友となった田中相談役のトラウマから今も逃げられない山口フィナンシャルグループの実態が透けて見える。

(つづく)

【(株)データ・マックス顧問 浜崎 裕治】

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