2024年04月18日( 木 )

ドンキHD前社長逮捕~熱い思いが口をつくこともある

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 このところ、競争激化で厳しい経営が続く小売業界で多くの話題を提供するドン・キホーテ運営会社の(株)ドンキホーテホールディングス(現・(株)パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)の前社長である大原孝治容疑者が、金融商品取引法違反の取引推奨の疑いで東京地検特捜部に逮捕された。容疑の詳細については明らかにされていないが、知人に自社株の購入を勧めた容疑だとされる。

 2014年に改正金融取引法が導入される前は、自社の株購入を推奨するのは経営者や経営幹部にとってごく当たり前のことだった。とくにバブル崩壊後は「当社の株価は安すぎる。そう時をかけることなく必ず上がります」といった話を取引先の社長から聞くのは普通であった。だいたいのケースは話の通りの結果で、暴落した株を買う人はごく少数。株価を見る目が悲観的な時代であり、貴重かつ精度の高い投資情報としてビジネス会話では恒常的に行われていた。

 自社株購入を勧める彼らの心情は自らの会社の低すぎる評価への抗議と、我が社はこんなものではないという誇りがない混ぜになってのものだったのだろう。訪問や来訪の際の話題の端々に必ず出てきた。同時に新たな経営戦略を披瀝した後、自社株の購入を勧める話も少なくなかった。ところが改正取引法以降は、今回のように個人的な自社株の推薦は、経営幹部にとって極めて危険な行為。何の気なしに話した話題のなかで、相手がそれを参考に株を買い、利益を得たことを、また誰かに話したことで広がったことが捜査機関に流れることもなりかねないということである。そこに至る経緯がどうであれ、違法行為で不当に利益を得たことで逮捕されるという結果を招いたことが今回の事件にも垣間見える。

 そもそも一般投資家の利益保護の名のもとに施行された改正法だが、これまでさまざまなケースで違反が報じられてきた。経営者同士の間で事業戦略として取引を密にすることなどで、株の売買などについては、グレーゾーンの範囲で過去から行われており、今回はそれが事件となり、当事者がドン・キホーテの前経営者が摘発されたことで大きく取り上げられた。

 「情緒的」という我が国民性を表すのに良く使われる言葉がある。契約と法律でがんじがらめにし、それに基づいてすべてを処理する論理的な西欧に対して、思いやりと配慮、信用といった「緩い縛り」社会通念がビジネスとしても必要な要素とされ、それが常識としてまかり通る。企業ではコンプライアンス(法令遵守(コンプライアンス))が叫ばれるが、今回の事件も「情緒的」のもと、無意識に法の境界線をまたいでしまったのかもしれない。しかし今回の事件はメディアがすぐに実名を報道しなかったことに違和感が滲む。大原容疑者は容疑を否認しているが、業界の大物だけに時間をかけて耳目を集めており、一罰百戒を目論む検察の思惑が見える。

時代が変わる

 急成長を遂げたドン・キホーテ。曲がりくねった通路、圧縮付加というボリューム陳列。ユニークなレイアウト。さらにバラエティー番組で取り上げられるなど多くの話題を業界内外に提供してきた。業績も好調で業界アナリストの評価も高い。

 40年前の創業当時、「泥棒市場」といったネーミングでその特異性を強調し、比較的短期間で海外進出まではたし、年商も1兆円を超えた。今後の問題はその成長をどう維持管理するかということだろう。よく企業の寿命は30年といわれる。ドンキも経営者、顧客ともどもこの時期を過ぎた。時あたかもSNS全盛時代に入ろうとしている。SNSで情報を集め、オンラインでのモノの売り買いはもはや若者でなくても当たり前の時代だ。

 圧縮付加という消防署が眉をひそめるような陳列のなかで、若者はこれまで半ば宝探しをするように楽しんでいたが、今後もそれを続けるかは不明だ。いったん、オンラインへの変化が始まると顧客はあっという間に消えてしまうことにもなりかねない。さまざまな話題を提供しながら、ユニーという大手GMSを飲み込み、海外進出もはたしたドンキHD。ただ、オンラインへの取り組みで見ればもはや後発と位置付けられる。

 リアル密な商品、売り場、店舗レイアウト。新業態への進出。高度成長期のGMSを彷彿とさせるその手法が今後どんな展開を見せるのかは興味が尽きない。今回の事件が店舗というリアルに賭け、ネットを捨てたドンキの将来を暗示することにならないことを祈るばかりである。

(了)

【神戸 彲】

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