2024年04月25日( 木 )

林眞須美死刑囚に訴えられた鑑定医 週刊ポストを巻き込み、不穏な事態に(前)

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 1998年にヒ素中毒で67人が死傷した和歌山カレー事件で、無実を訴えながら死刑確定した林真須美死刑囚(59)が鑑定医を相手取り、損害賠償請求訴訟を起こしていたことがわかった。訴訟はすでに林死刑囚の敗訴で終結しているが、『週刊ポスト』が訴訟での鑑定医の主張を「虚偽」だと伝えたに等しい報道をしており、不穏な事態となっている。

火種はカレー事件が題材の小説

火種になった小説「悲素」
火種になった小説

 林真須美死刑囚に提訴された鑑定医は、井上尚英氏。現在は北九州市の新王子病院でパーキンソン病療育センター長を務めているが、和歌山カレー事件が起きた当時は、九州大学医学部の教授だった。毒物の研究実績があったため、和歌山県警から依頼を受けて捜査に協力。カレー事件の被害者や、事件前に入退院を繰り返していた林死刑囚の知人男性らを診察し、ヒ素中毒だと結論づけた。井上氏は、林死刑囚の裁判にも証人出廷している。

 井上氏が林死刑囚から訴えられた原因は、現役医師で作家の帚木蓬生氏が2015年に発表した『悲素』(新潮社)という小説だった。和歌山カレー事件を題材にした同作は、井上氏がモデルの沢井直尚という医師が主人公。犯人の「小林真由美」の悪事を医学の力で明らかにする沢井の姿が、ヒーロー的に描かれている。

 林死刑囚は18年7月、この小説が出版されたことにより、精神的・肉体的苦痛を被ったとして、井上氏に1,000万円の損害賠償などを求めて東京地裁に提訴。事件は福岡地裁小倉支部に移送されて審理されたが、井上氏が答弁書で「『悲素』の原稿作成や出版に一切関わっておらず、著者から取材を受けたこともない」と反論したのに対し、林死刑囚は再反論せずに結審。19年9月18日、福本晶奈裁判官が宣告した判決では、「原告は、被告と『悲素』との関係について何ら主張立証をしていない」と林死刑囚の請求が棄却され、林死刑囚が控訴しなかったために確定している。

 こうした経緯を見れば、妥当な司法判断が下されたと誰もが考えるだろう。仮に、小説『悲素』の出版に何らかの違法性があり、林死刑囚が精神的・肉体的苦痛を被ったとしても、井上氏が主人公のモデルになったのみであれば、損害賠償責任を問われる筋合いはないためだ。

 しかし、事実関係を調べると、井上氏の答弁書の主張は深刻な問題をはらんでいた。

(つづく)

【片岡 健】

(後)

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